ロンドンが誇るセント・ポール大聖堂、その美しさと魅力をたっぷり紹介

◆教会・聖堂・宮殿など

ロンドンの有名観光地であるセント・ポール大聖堂。ウエストミンスター寺院と共に、イギリスで最も名高く歴史のある宗教建築物の一つである。

久々に見学に行ったら、以前は許可されていなかった内部の写真撮影がOKになっていた。コロナ禍で観光客が減った影響による、一時的な措置かもしれないけど……。

この記事では、画像と共にこの歴史ある聖堂の見どころをたっぷり紹介していきたい。

ちなみにこの聖堂の大きな特徴でもあるドームの部分には、Whispering gallery(ささやき回廊)、Stone gallery(展望台)、Golden gallery(さらに高い展望台)の3つの見学スポットがある。

だが、Whispering galleryは2021年まで閉鎖中、Golden galleryはコロナの影響で閉鎖中だったので、ここでは3つのうちStone galleryのみの紹介となる。

1400年以上の歴史を持つ聖堂

セント・ポール大聖堂が最初にできたのは607年。実に1400年以上前のことになる。その後何度も火災や焼き討ちにあい、現在の建物は1710年に再設計されたもの。

この聖堂は、市民の祈りの場として、大戦でのイギリスの勝利を祝う場として、また偉人や著名人が埋葬される場として、使われ続けてきた。遠くからでもそれとすぐわかる印象的なドーム型の建築は、ロンドンのアイコン的存在でもある。

聖堂より高い建物を建ててはいけない「セント・ポール・ハイト」

セント・ポール大聖堂は、イングランド銀行や大手金融機関の多くある、イギリスの経済の中心地であるシティ地区に位置している。

このシティ内では、「セント・ポール大聖堂がどこからでも見えるように」と、聖堂より高い建築物を建ててはいけないという基準が定められている。また建築のデザインも、大聖堂の景観を損ねるものであってはならないのだとか。

内部は洗練された美しさを持つ

チケットカウンターを通ってすぐ現れる石造りの洗礼台。ここで新生児を水で清めて洗礼の儀式を行う。洗礼を受けることで、キリスト教に入信したことになるのだ。

白と金色を基調とした静謐な空間が広がる。ウエストミンスター寺院よりも華やかさは控えめな感じ。王族との関わりが強いウエストミンスター寺院とと、市民の生活に根付いたセント・ポールとの違いも影響しているかもしれない。

ドーム部分に向かうまでの天井。規則的なデザインが施されている。この大聖堂のステンドグラスのほとんどはシンプルな作りで、色がついていない。そのため射し込む光はそのまま白い壁や柱を明るく照らし、クリーンなイメージを持つ空間を作っている。

寄付用のマシン。カードをかざして「ピッ」と読み取らせるコンタクトレス方式。イギリスでは、セント・ポールに限らず、寄付がカード払いできる教会も多い。

ドーム部分の空間。

ドームの真下に立って天井を見上げると、幾何学的模様で構成された天井装飾が目に入る。没入感があり、しばらく見ているとなんだかこの空間に飲み込まれそうな気分になる。

この空間では数多くの浮彫や宗教画による装飾が見られる。これはキリストと彼を囲む聖人たちの図。背景を覆いつくす木の葉が、細密画のような印象を与える。

奥に見えるのは聖歌隊席と、その先にある主祭壇だ。この聖歌隊席の天井装飾と主祭壇は、感動しない人はいないのではと思うほど美麗だ。

聖歌隊席の中央は通れないので、横の通路から主祭壇の方面に向かう。

通路には複数の懺悔室がある。この中に入って、仕切り越しに神父に自分の罪を告白するのだ。

こちらが大理石でできた主祭壇。ねじりのある装飾的な柱の存在感が大きい。天蓋にはキリストと天使がおり、ここに立つ者を迎え入れるかのようだ。

この位置だと見えないが、祭壇奥の天井にはキリストや聖人のモザイク画が描かれている。

より遠い位置、例えばドーム部分から見るとこのようになり、聖人たちが祭壇を囲んでいるような神聖な空間が現れるのだ。空間全体が芸術として昇華している。

この聖歌隊席部分の天井の美しさといったらない。円やアーチ形が複雑に組み合わさり、多様な色彩が散りばめられている。まるで万華鏡のような、宇宙を思わせるようなデザインに圧倒されてしまう。

主祭壇側から見る聖歌隊席も、たまらなく雰囲気がある。

メイン祭壇に入る扉すら豪華絢爛。複雑な文様が施されたロートアイアンと金を組み合わせてできている。

偉人や著名人の記念碑がいたるところに

地上階には、イギリスの偉人や著名人のモニュメントや棺が設置されている。地上階にモニュメントがあり、地下納骨堂(クリプト)に実際の墓がある。

英海軍ロバート・フォークナーのモニュメント

海軍キャプテンであったロバート・フォークナーのモニュメント。1795年にカリブ海の群島グアドループでフランスと争って戦死した。

倒れて老人によりかかる若い男性が本人で、支える老人は海の神ポセイドンである。手にポセイドンの象徴である三つ又の鉾を持っている。

ホレイショ・ネルソンのモニュメント

イギリス最大の英雄であるネルソン提督のモニュメント。実際の棺はクリプトにある。船の象徴であるイカリを背後に持ち、また戦争で片腕をなくしたそのままの姿で表されている。

彼はフランス・スペイン連合艦隊を相手にした1805年の「トラファルガーの海戦」で、指揮を執るさなかに敵からの射撃を受け、イギリス勝利の報告を耳にしながら亡くなった。この勝利を記念して作られたトラファルガー広場には、ネルソン記念柱が立っている。

ウィリアム・ターナーのモニュメント

イギリスで最も重要な画家の一人であるターナーのモニュメント。1851年に没した。筆とパレットを手にしている。光を含んだ空気感のある表現が特徴で、海や船を描いた海洋画やイギリスの現実社会の光景を描いた絵で知られる。

フレデリック・レイトンの棺

イギリスが誇る芸術家、フレデリック・レイトンのモニュメント。耽美的・優美的な神話画、彫刻で知られる。ふと、右側の女性像を見ると、彼女の手に小さな彫像が載っているのを発見した。

実はこの男性像、レイトンの代表作の一つである「The Sluggard(怠け者)」のミニバージョンだった(※参考↓)。

気だるげにのびをする男性の肉体美が光る作品。オリジナルはV&A博物館が所蔵している。モニュメントにまでレイトンらしさが詰まっているとは……。

レイトンに関する記事は以下を参照していただきたい。

死の門(メルバーン子爵のモニュメント)

天使が守る門の形をしたモニュメント。「死の門を通り喜びに満ちた復活にいたる」というような文が上部に書かれている。イギリス貴族であったメルバーン子爵のための記念碑であるという。

初代ウェリントン公爵のモニュメント

初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーの巨大なモニュメント。貴族であり軍人であった彼はワーテルローの戦いでナポレオンを破った戦の名人として知られる。政治家としても活動し、長生きをして1852年に没した。彼もまた、イギリスの英雄として崇められている。

インド陸軍のモニュメント(1746~1947年)

インド陸軍とは、イギリスがインドを植民地支配していた時代に、主にインド人のイギリス人の志願兵によって構成された陸軍のことである。

この軍はアーリア人、モンゴル人、ドラヴィダ人など多くの人種が混在しており、また彼らの信じる宗教もヒンドゥー教、イスラム教、シーク教、キリスト教と多様であった。また、インドでの対マラリア活動の先駆者となったのもこのインド陸軍であったという。

376段の階段を上るとロンドンを360°見渡せる展望台が

Stone galleryという、ドーム部分上部の展望台に上る。エレベーターなどはもちろんなく、376段の階段を上る必要がある。らせん状の階段なので、特に降りる時は気を付けないとめまいがしてしまうかも。

展望台では、360°ロンドンを見渡すことができる。前述した「セント・ポール・ハイト」によって、周りにセント・ポールより高い建物がないため、見晴らしは大変良い。

地下納骨堂(クリプト)にはネルソン提督やナイチンゲールの墓が

地下に降りると、地上階の静謐さとは打って変わって、いかにも「納骨堂」的なひっそりとした雰囲気の空間が現れる。ここには、多くの人々の墓が眠っている。

初代ウェリントン公爵の墓

地上階に巨大なモニュメントを持つ、初代ウェリントン公爵の墓。こちらも一人のための墓としては大変広い空間。床は細かなモザイク文様で埋め尽くされている。

ナイチンゲールの墓

「白衣を着た天使」として知られるナイチンゲールの墓もここにある。患者の世話をする様子が彫られた浮彫が、赤いマーブル模様の大理石で縁取られている。

ちなみに、ロンドンには「ナイチンゲール博物館」も存在する。

ネルソン提督の墓

クリプト中心部に位置するネルソンの墓は、やはり別格の扱いだ。王冠のような装飾がトップについている。

Sir John WolleyとElizabeth Wolleyの肖像

こちらは、1600年前後に作られた墓用の夫妻肖像。イギリス史上で有名なロンドン大火(1666年にロンドンで起きた超大規模の火災)で破壊されなかった貴重なもの。2人とも当時の女王であるエリザベス1世に仕えた人物だという。

さて、これまで見てきた人々の墓は、かなり特別扱いされているもの。このクリプトで大多数を占めるのが、以下のような床に石版が埋め込まれた形式のものである。

George Swan Nottageの墓

ロンドンの実業家であり、またロンドン市長も務めた人物の墓。金板に見事に肖像が彫られた、豪華なものである。1885年に亡くなった人物だが、このプレートはだいぶ新しく見える。近年新しくしたのかもしれない。

イギリスに限らずキリスト教圏の国では、聖堂内でこうした床に石板を埋める形の墓に出会う。遺体はその下に埋められている。

隙間がないほどびっしり床が埋まっていることも多く、見学するにはその上を歩き回らなければいけなくて、「墓を踏んでしまっていいのだろうか……」と思ったりもする。

こんな風に、もはや何かの下敷きになっていることも普通である。見えない……。これは日本人からすると変わった、というか、かなり異文化に見える西洋の風習の一つだと思う。

アーティストの墓が集まった一角「Artists Corner」

このクリプトの一角には、イギリスの有名な芸術家を埋葬したコーナーの「Artists Corner」があった。その中でも特に名が知られた人々を代表作と一緒に紹介しよう。どの画家も作品を見れば、彼らがこの大聖堂に埋葬されるだけの名誉と才能がある芸術家だったことがわかるはずだ。

ジョン・エヴァレット・ミレーの墓
ジョン・エヴァレット・ミレー「オフィーリア」1852年

ラファエル前派でおそらく最も有名な画家。悲劇を耽美的に描いた「オフィーリア」は、世界の人々を虜にする、ミレーの最高傑作である。この墓もかなり新しく見える。

フレデリック・レイトンの墓

地上階にモニュメントもあった、フレデリック・レイトンの墓。

フレデリック・レイトン「フレイミング・ジューン」1895年

代表作は、燃えるようなオレンジ色のドレスが印象的な、眠る少女を描いた「フレイミング・ジューン」。レイトンの作品はどれも、はっと目の覚めるような麗しさとしとやかな雰囲気を持つ。

ウィリアム・ターナーの墓

ターナーも地上階にモニュメントがあった。墓は随分簡素に見える。

ウィリアム・ターナー「ポリュフェモスを愚弄するオデュッセウス」1829年

大気を描き出すような表現と、柔らかな光の反射が特徴的だ。フランスで印象派が生まれる数十年前に、印象派に通じる表現を生み出していた。

ターナーはイギリスで最も偉大な画家であり、また風景画を、西洋絵画で伝統的に格が高いとされた歴史画と拮抗するほどの地位に押し上げた画家と評価されている。

トマス・ローレンスの墓

肖像画家として名声を博したトーマス・ローレンスの墓。

トーマス・ローレンス「ランプトン少年」1825年

老若男女問わず、肌の質感やぬくもりまで感じられるような、血の通った肖像画を描く。

このランプトン少年像は、漫画「ポーの一族」にも登場する。

トマス・ローレンス「ウェリントン公爵」1814年

また、ローレンスはウェリントン公爵の肖像も描いている。死後は同じ聖堂に骨を埋めることとなったわけだ。ローレンスは死亡当時、ヨーロッパで最も人気であった肖像画家だった。


ロンドンで絶対に訪問する価値のある場所の一つであるセント・ポール大聖堂。この記事で少しでも魅力が伝えられただろうか。

ぜひ実際に足を踏み入れて、リアルな雰囲気や空間を味わってみてほしい。


セント・ポール大聖堂

住所:St. Paul’s Churchyard, London EC4M 8AD

料金:大人17ポンド、60歳以上&18歳以上の学生15ポンド、子ども7.2ポンド

◆教会・聖堂・宮殿など

Posted by Sara