オックスフォード近くにある貴族の屋敷「ブレナム宮殿」に行ってきた。ロンドンから車で2時間、電車で1時間半程度で行ける観光名所だ。
この宮殿、実はあのイギリス元首相ウィンストン・チャーチルの祖先が住んでいた建物である。チャーチルもここで生まれ、宮殿内の礼拝堂で洗礼を受けた。
この記事では、このブレナム宮殿の詳細と見どころを写真付きで紹介していこう。
王家のものではないのに「宮殿」と呼ばれる唯一の建築物
このブレナム宮殿は英語でも「palace」の呼称がついている。王家でも高位聖職者でもない者が住むイングランド内の建物で、唯一「宮殿」と呼ばれるものなのだという。世界遺産にも認定されている。
イギリスの軍人であった初代マールバラ公爵ジョン・チャーチルが、戦争でイギリス軍を勝利に導いた功績の恩賜として、当時の女王アンから賜った宮殿だ。
スペイン継承戦争において、ドイツのブレンハイムで起きたバイエルン・フランス連合軍VSイギリス・オーストリア連合軍の争い「ブレンハイムの戦い」に勝利した功績を讃え、ブレンハイムの英語読み「ブレナム」という名がついた。
1722年に完成してから今日まで、マールバラ公一家の居住地として代々使用されてきた。
建築様式はイギリスバロック。部屋の数は200以上に及び、いたる所で一流の家具や美術品が見られる、まさに宮殿の名にふさわしい建物である。
入り口を入ってすぐの部屋に飾られている、マールバラ公爵一家の肖像画。左端にいる男性が初代マールバラ公、中央の青いドレスを着た女性は公爵夫人のサラ、そして周りにいるのは彼らの子どもたちだ。
右端の男の子は若くして亡くなってしまったため、マールバラ公亡き後は長女(緑のドレスを着ている)が爵位を継いだという。
豪華絢爛なコレクションの数々
最初の部屋からさっそく、華々しい調度品や美術品コレクションが並ぶ。
東洋趣味の花器や皿など。絵の具をふんだんに使って制作されたカラフルなシリーズ。
フランスのLucotte社が1870年代に製作したおもちゃの軍隊。こう並べられると圧巻である。チャーチル元首相の友人がコレクションしたもので、後に11代マールバラ公爵に送られたものだという。
通路にはレイヨウ類の動物の首が飾られており、いかにも貴族の屋敷という感じで面白い。
Green drawing room(緑の客間)。これでもかというほど家族の肖像画が展示されていた。
天井を見上げると、これまた作り込まれた装飾が目に入る。どこまでも凝っていて、その贅には限りがないようだ。
これだけ壮麗な屋敷だが、実は公爵家は「賃貸料」を毎年王室に払っていた。一種の税金という形で、ブレンハイムの戦いの記念日である8月13日より前に支払われなければならず、支払いがないと宮殿の所有権は王室に返還されてしまうという決まりがあった。
この屋敷に数多くある客室には、壁に巨大なタピストリー(織物)がかかっている。全部で10枚のシリーズもので、どれも初代マールバラ公のブレンハイムの戦いの功績を讃えるもので、戦争の場面が描写されている。
精巧に編み上げられたいわば布製の絵画であり、よくここまで細部の表現が織物でできるものだと感心してしまう。
タピストリーは近年修復がされたそうで、そのため今は色も綺麗に出ていて見やすくなっている。洗浄、修復にはかなりの時間を要したという。
中でも注目を集めるタペストリーがこちら。馬に乗るマールバラ公の足元にいる猟犬の足をよく見ていただきたい。なんだか違和感がないだろうか。
そう、犬の足が馬の蹄になってしまっているのだ。どうしてこんなことになってしまったのか、明確な原因はわかっていないようだが、当初は馬を描くつもりだったのが後に犬へと変更になり、何らかの理由(納期や費用など?)で修正されないままになってしまったようだ。
圧巻の「だまし絵」の間(サロン)
宮殿内でもっとも見るべきものが多い部屋は、最大40人が着席できるというこの広いサロンだろう。
以前はラグジュアリーな応接室として使われており、現在では、現職のマールバラ公一家が毎年クリスマスを祝う宴に使われているのだという。
四方の壁と天井を覆い尽くすように「トロンプ・ルイユ(だまし絵)」が描かれている。角度によっては三次元に見える柱も、大理石の彫像も、すべて二次元の絵画である。
イリュージョンな体験ができる空間なので、サロン内ではぜひぐるりと周囲を見回してみてほしい。
これらの装飾は制作に16ヶ月を費やしたという。それぞれの壁に見える人物像にも注目したい。
暗くてやや見にくいが、部屋の入口から向かいに面した壁には、画家の肖像画が描かれている(手前左の人物)。
また、それぞれの大陸の人々も描かれている。
この群像はアフリカの人々。
アジアの人々。東アジア人ぽい顔をした人物がいるのがわかる。
その他、ヨーロッパの人々、イギリス内の4つの国々を擬人化した姿も別の壁に描かれている。世界中の人々が共存する「平和」をこの部屋は表しているのだ。
イングランドで2番目に長い図書室
宮殿内には巨大な図書室もある。
イングランドで2番目に長い図書室なのだそう。55mの長さの部屋にびっしりと本が並び、その合間を縫うように絵画がかけられている様は圧巻だ。
図書室入口に配置された巨大なアン女王の彫像は、公爵家と女王の密なつながりを示すものだ。
図書室ではあるが、同時に絵画を展示するギャラリーとして作られた部屋であったという。使い古されたカンバスが展示されていたが、ここで絵を描いたりした人もいたのだろう。
彼らの着ていたローブなども見ることができた。その後ろには日本製の螺鈿を用いた屏風が。
図書室の最奥部には、教会にあるようなパイプオルガンが備え付けられている。そう、この奥にある目立たない階段を降りていくと礼拝堂につながるのだ。なかなか面白い構造になっている。
初代マールバラ公、そして代々の公爵の棺はこの礼拝堂の下に眠っている。
この群像は初代公爵のメモリアルである。一番上でポーズを決める男性像が古代ローマ皇帝カエサルに扮した初代マールバラ公、横にいるのが妻のサラだ。
左下の天使が持つ書面には、この像が公爵の記念碑であること、妻がこれを作らせたことが書かれている。
初代マールバラ公は、この宮殿が完成したのと同じ年に、完成した宮殿を見ることなく亡くなった。それでも、まだ建物が未完成のうちに移り住み、3年はこの宮殿での生活を楽しんだようだ。
この群像の横には、鎧や各種武器など勇ましい軍人の姿を象徴するような装飾が施された一角があった。だが兜の下にある顔(?)がのっぺらぼうで、何だか不思議な感じがする浮き彫りであった。何か意図があるのだろうか。
庭の散策や迷路も楽しめる
宮殿には、カフェやレストラン、庭園も付属している。
こちらは綺麗に整備された池と庭園。天気の良い日は美しい風景が広がる。
こちらは巨大な迷路庭園。中に入るとまあ結構な迷宮で、途中からどこを歩いているのかわからなくなってしまう。
途中に高台があり、上から全景を眺めることもできる。ゴールするまで平均25分位かかるらしいが、私はもっとずっと時間がかかった。やっと出られた時にはへとへと。
その他、敷地内には他の庭園や広場、さまざまな種類の蝶を間近で見られるバタフライハウスなどもあるので、バラエティ豊かな観光となるはずだ。
現在の宮殿所有者とは?
さて、現在の宮殿の公式の居住者は、スペンサー家の子孫第12代マールバラ公のチャールズ・ジェイムズ・スペンサー=チャーチルである。2014年に父親が亡くなり、爵位を継承した。
彼は薬物中毒者であり、過去には薬関係の罪で投獄されたり危険運転で有罪判決も受けている。実際に彼とその家族が宮殿に住んでいるかどうかはわからない。
一方、彼の弟はコンテンポラリーアートに傾倒しているようで、Blenheim Art FoundationというNPOを立ち上げ、宮殿を会場として現代アーティストの大々的な展覧会を開いている。
2019年6月現在、宮殿内は一部修復中で、私が見に行った際も一部の部屋は見ることができなかった。だが、それを差し引いても、カラフルなサロンや美しい客間、長い図書室など必見の場所が多くあるので、時間に余裕を持っていくのをおすすめする。
住所:Woodstock OX20 1PP
料金:大人27ポンド、子ども16ポンド
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