ロンドンには、有名観光地であるセント・ポール大聖堂、ウエストミンスター寺院の影に隠れ、あまり知られずにひっそりと存在する大聖堂がある。テムズ川の南岸、ロンドン・ブリッジ駅とバラ・マーケットから徒歩数分のサザーク大聖堂だ。
このサザーク大聖堂、他の2つの聖堂に比べると内装や設備は地味なのだが、ロンドン中心部にありながら無料で入場でき、一見の価値がある美しいステンドグラスやチャペルを持っている。この記事ではこの大聖堂の見どころを紹介していきたい。
約1000年の歴史を持つ教会
サザーク大聖堂(Southwark Cathedral、これでサザークと読む)の前身である教会が最初に文献に登場したのは1086年だという。
現在のゴシック様式の建物は、13〜15世紀に再建されたものだ。「大聖堂」の称号が与えられたのは1905年と、割と最近だ。
中は広々とした作り。晴れた日にはステンドグラスから日光が差し込み、とても美しい空間となる。
右の翼廊には1897年作の立派なパイプオルガンが設置されている。周囲の壁にはロンドンの消防署の旗が飾られる。
正面のメイン祭壇は、聖人とキリスト、マリアの彫像が並ぶ見事なもので、聖堂内で一番の見どころだ。かなりの高さがあり、奥の空間との間仕切りの役目も果たしている。
上段中央には座るキリストとキリストに王冠を被せる四大天使、下段中央には幼いキリストを抱えるマリアの姿がある。聖人一人ひとりの衣装や微妙な表情の違い、頭上の天蓋まで精密に表現されている。オリジナルは1520年に制作されたというが、現在見られるのは後世に修復されたものだ。
教会内には眠り猫? もいる
この祭壇がある聖歌隊の椅子にはこんなメモが。Doorkins Magnificatという名前の12歳の猫がこの聖堂にいるという。
Magnificat(マニフィカト、ラテン語)とは、キリスト教聖歌の1つ。catというスペルが入っていることからこの名前がつけられたに違いない。
眠るのが好きだから邪魔しないでね、と書いてあるが、この紙があったところにはいなかったので、「どこにいるのかな」と思いつつ見学を続けていたら……
横の通路にいた。
眠いのか身じろぎ1つしない。写真はウェルカムらしいので、お昼寝の邪魔をしないように撮らせてもらった。Twitterに載せるのも大歓迎らしい。
至るところで著名人の彫像を見られる
聖堂内では、数多くの聖職者や著名人の墓や棺を見ることができる。中世以降、位の高い人々の間では棺の上に死者の彫像を乗せるのが慣例であった。
14世紀に宮廷詩人として活躍したジョン・ガワーの墓。極彩色でカラフルなデザインだ。枕にしているのは「叫ぶ者の声」「瞑想する者の鏡」などの彼の著作。
こちらはシェイクスピアの作品をテーマにしたステンドグラス。見やすいように写真では明度を調節しているが、この下側の暗いところにはシェイクスピアの彫像がある。
これがその彫像。シェイクスピアの墓がここにあるわけではないが、彼はこの聖堂の主教区に住み、活動していた。この聖堂ゆかりの著名人なのである。
植物をペンに見立ててなにか考え込みながら書いている様子は、稀代の大劇作家の素朴な日常を思わせる。ちなみに、彼の弟の一人エドモンドはこの聖堂に埋葬されている。
聖堂内を歩いていると、1つだけ異質な彫像が乗った棺を見つけた。表面はかなり劣化しているし、何よりガリガリの骸骨のような裸の彫像である。通常、こういう彫像は着衣で、健康的で綺麗な状態の人体で表される。このような様相は珍しい。
ラテン語の説明パネルに記載されていた、この人物の名前を帰ってから検索してみた。今は便利な情報源があるもので、英国議会と歴史家が運営しているサイトに、この人物トーマス・キュアの情報が載っていた。
16世紀に生きていたこの男性は、女王の馬具職人として仕えていたという。後に国会議員の地位まで手に入れたというから、優秀な人物であったようだ。遺書に「やせ細った体」を自分の母親の隣に埋めてほしいと書いていたらしい。その遺書を汲んで、このような彫像になったのかもしれない。
彼の遺産は家族だけでなく、学校を建設するための土地の購入や、病院や刑務所、その他貧しい人々のためにも使われた。聖堂に祀られるのに相応しい、聖人のような人物であったのだろう。
素朴で綺麗なチャペル群
メイン祭壇の奥の空間には、4つのチャペルが並んでいる。スペースも小さく豪華ではないものの、どれも美しいステンドグラスを持っており、見ごたえがある。
また、聖堂内左側の翼廊には、「ハーバードチャペル」という礼拝堂がある。
ハーバード大学創立者のチャペルも
この小部屋のスペースは、アメリカのハーバード大学の創設者、ジョン・ハーバードを記念するチャペル。彼は1607年の誕生の際、この聖堂で洗礼を受けた。
奥の鮮やかな青が映えるステンドグラスは、米国大使が1905年に寄付したものだという。
さまざまな年代のクラシック〜モダンなステンドグラス
聖堂内では美しいステンドグラスが数多く見られるが、スタイルや年代はばらばらで、なかなかバラエティに富んでいる。ステンドグラスを通して、この聖堂と人々の信仰の長い歴史を感じることができる。
こちらは1867年のもの。赤と青の対比が大変美しく目を引く。
こちらは1922年に亡くなった職人を記念して奉納されたもの。背景の万華鏡のような図形的表現は新鮮だ。
抽象的なパターンが施された1993年のステンドグラス。
これが聖堂内で一番新しいステンドグラスで、2012年の作。差し込む日光によって、ポップな色合いと造形がよく目立つ。コンテンポラリーアートは、実はステンドグラスと相性がいいのかもしれない。
結構モダンなステンドグラスがあるんだな、と思いながら歩いていると、これまたコンテンポラリーぽい彫刻を発見。説明は特になかったが、なんだか座敷わらしのような存在感である。
聖堂後方のドアから中庭にも出ることができる
聖堂の後方にはまた別のメモリアルが配置されている。
この変な顔は何だろう……と思っていたら、昔の天井彫刻であるらしい。1469年、天井が崩れてしまったことがあったそうで、その時に落ちてきた装飾だという。
この顔はイスカリオテのユダ(キリストを裏切った弟子)を食べる悪魔だということで、確かに口元を見るとユダの下半身を加えている。
聖堂の後方、入口の向かいにはもう1つドアがあり、中庭につながっている。
中庭から聖堂の建物を見るとこんな感じ。特段なにかある庭ではないが、ロンドン中心部だというのに、とてもゆったりした時間が流れている、世間から隔離されたような場所だ。
喧騒から離れて一息つけるスペースとなっている。
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豪華絢爛できらびやかなセント・ポールやウエストミンスターと比べて注目度の低い聖堂だが、その分空いている。時間があったら、ぜひ訪れてみてほしいマイナー観光地の1つだ。
同じくテムズ川南岸にある比較的近いスポットとして、以下の施設もある。
住所:London Bridge, London SE1 9DA
入場無料(写真撮影は2ポンド払って撮影許可を得る必要あり)
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