大英博物館のエジプト展示室:ロゼッタ・ストーンや数千年前の彫像群を見る

大英博物館

新型コロナウイルスの影響で行われたイギリス全土のロックダウンにより、閉鎖していた大英博物館。8月下旬から再オープンしたので行ってきた。

外観は工事中になっていた。建物を覆うシートにはオリジナルの装飾がプリントされている。

コロナ禍で再開したロンドンの美術館はどう変わった?実際に行ってきた」の記事でも書いたが、現在はミュージアムはすべて事前予約制および特定のルートのみの公開と決められている。大英博物館も例外ではない。

本来は地下2階(地下1階は展示室なし)~地上5階に展示室があるが、現在訪問者が回れるルートは地上階と地下のみに限られている。そのため、上の階にある日本展示室や中国、韓国、東南アジア、インド、イスラムなどの展示室は見ることができなくなっていた。

ルートを示す看板

以前はどの部屋も自由に行き来できたが、今はワンルートのみ。とはいえ、このワンルートで古代エジプト、ギリシャ、ローマ、アフリカ、古代アメリカ、王の図書室(第1室、Enlightment)など、大英博物館が誇る珠玉の所蔵品は網羅されている。

周る方向が重ならないようになっているため、どうしても完璧にセクションごととはいかず、エジプト→ギリシャ→エジプトといったように文化の間を行き来することとなるが、それは致し方ない。

今回は、このルートの中から、大英博物館第4室、古代エジプト展示室内の作品群をまとめて紹介、解説していきたい。

3種類の古代文字が書かれたロゼッタ・ストーン

ルート内で最初に登場するのが、世界一有名な石板と言っても過言ではないロゼッタ・ストーン。これは、紀元前196年3月27日にエジプト王が出した勅令を刻んだもので、当時使われていた3種類の文字で書かれている。

板面をよく見ると、上から3種類、見た目のまったく違う文字で文章が彫られているのがわかる。

一番上は絵文字のようなヒエログリフ。当時の時点で3000年の歴史がある言語で、通常記念碑などに用いる神聖な文字とされる。真ん中はデモティックと言い、紀元前600年ごろから古代エジプト人が日常的に使った文字である。一番下は古代ギリシャ文字で、政府が使う文字であった。当時のエジプトはギリシャが統治していたためである。

内容は、王自身を称え、王への礼拝の方法を記したものだという。今でこそヒエログリフは解読されているが、発見当時の1799年にはまったく未知の文字であった。最初にこの石板を発見したのは、ナポレオンのエジプト遠征時に同行したフランス軍大尉で、その後イギリス軍がエジプトでフランスを負かしたため大英博物館に来ることになった。

謎の古代文字は研究者らの興味を引いた。多くの学者が研究を重ね、特にイギリスのトマス・ヤングとフランスのジャン=フランソワ・シャンポリオンの多大な貢献により、ついにロゼッタ・ストーンは1800年代前半に解読されたのだった。

墓や神殿から発掘された人物彫像の数々

アメンホテプ3世の彫像(頭と腕) 新王国(紀元前1550~1069年)

訪問者を見下ろすファラオの頭部。その後ろに展示されているのは同じ彫像の腕部分だ。元は体が全部そろった巨大な立像だった。近くの人と比べると、いかに大きいのかがわかるだろう。

アメンホテプ3世という平和な期間のエジプトを統治した王が命じて作らせた肖像彫刻だが、1世紀ほど後のファラオ、ラムセス2世が自分の顔に似せたものに部分的に作り変えてしまったという。

ラムセス2世の彫像もこの展示室にはあったので、本記事の少し後で紹介する。

セクメト神の彫像

前述のアメンホテプ3世が多く作らせたという、セクメト神の立像と座像。

メスライオンの頭部を持ち、神の攻撃的な側面を擬人化したとされる女神だ。太陽神ラーの娘で、太陽の形をした円形の頭飾りを身に着けている。中央の座像2体は、お腹が平らな方と少しぷくっとしている方、表現の仕方に違いがあって面白い。

古代エジプト人が表す人体はすらっとした細身のタイプが一般的で、古代ギリシャ・ローマの、ふくよかまたは筋肉隆々の人体とは大きく異なる。

足の指が細部まで見事に表現されていて、思わずパチリ。

Nenkhefetkaの彫像 古王国(紀元前2686~2181年)

Nenkhefetkaという、地方の町を治めていた男性の墓から見つかった12体の彫像のうちのひとつ。妻と息子の彫像もその中に含まれていたという。

この一歩足を踏み出したポーズは男性像に典型的なもので、女性像は足を揃えた直立のポーズで表される。

左足を前に出しているため、一番良い鑑賞角度はこのように像の右半身側からのもの。脚の間にある板は像を支えるためのもので、逆サイドから見るとこの板がそのまま見えてしまう。

顔が右側を向くこの方向は、ヒエログリフに描かれる人物像とも同じで、好ましい向きであったようだ。古代エジプト美術とヒエログリフは密接に関係しながら発展していった。

ラムセス2世の彫像 新王国(紀元前1550~1069年)

前述の、アメンホテプ3世の彫像の顔を自分の顔に作り変えてしまったラムセス2世の彫像。

「ラメシアム」と呼ばれる、ラムセス2世を祀る神殿にあった巨大な座像の上半身で、全身で約20トンになるという。

ラムセス2世は、ファラオの中でも一番多くの巨大彫像を作った人物であった。大きな戦いに勝ちエジプト新王国時代の最盛期を築いたこの王は、神殿や記念建造物やオベリスクを建てまくり、そこにこうした巨大彫像もあつらえ、その権威と力を示したのだ。

エジプトの彫像は彩色されているのが一般的であり、この像も元々は体を赤、目は黒、頭飾りは青と黄色で彩られていた。

3000年以上前の作品が目の前にあることが信じがたい。

そしてこの卓越した顔の表現。鼻や耳の写実性や偽髭の細かく規則的な模様など、こんな巨大な像であるにも関わらず繊細な作りが見られる。ラメシアムの彫像は、当時の彫刻家の中でも群を抜いた技術を持った者が作ったとされる。

ヒエログリフを使ったカラフルな壁画

高位神官Ptahshepsesの墓の偽扉(ぎひ) 古王国(紀元前2686~2181年)

赤い彩色が今も残っている、高位神官の墓内にある偽扉。偽扉とはその名の通り扉に見せかけた構造物のことで、死者が供物を受け取り生者に会うための扉である。

周囲にはヒエログリフで死後の世界について書いてあるのが一般的だというが、この偽扉には珍しく神官の輝かしい功績が記してあるという。

こちらは、展示室内を歩いて撮った短い映像。この偽扉の細部も映しているのでぜひ見てほしい。人や鳥、ウサギの形をした絵の他にナメクジのような形も見えて面白い。

神官Ptahshepsesは首都のメンフィスで墓の装飾をマネジメントする立場であったと見られ、この自身の墓の偽扉も自分で監修した可能性が高いとのこと。

Anhurnakhtの墓碑 第1中間期(紀元前2181~2025年)

ガラスに映り込みが多くて少し見づらいが、カラフルな彩色がよくわかる絵画(浅浮彫)。中央に描かれた大きな人物像は、Anhurnakhtという男性とその妻である。息子も小さく足元に描かれている。

この人物についての詳細は説明がなかったが、このような立派な墓碑を建てられるくらいなのだから、位の高い人物だったに違いない。

周りには、彼らの召使たちが飲み物をAnhurnakhtの口に運んでいたり、動物を運んでいたりする姿が小さく描かれる。重要な人物は大きく、そうでない者は小さく表されている。

中心人物であるAnhurnakhtとその妻は先述したように良いポーズとされる顔が右向きの角度で描かれ、召使たちは左向きに描かれているのも、重要性の違いからくるものだろう。

さまざまな動物を象った彫像

古代エジプトでは、動物は多様な事物の象徴であった。

ライオンとして表されたアメンホテプ3世 新王国(紀元前1550~1069年)

エジプトに隣接しエジプト人が多く住んでいたソレブという地域の神殿に設置されていた、ペアのライオン像。アメンホテプ3世を象徴している。ライオンはこの頃から、偉大で力強く、王族と関連する生き物であった。

百獣の王のどっしりとした体の重みまで伝わってくるようだ。写実的な四肢の表現に作者の鋭い観察眼が見て取れる。ゆったりと前脚を組んだ穏やかな姿勢だが、その表情には威厳が漂っている。

ゲイヤー・アンダーソンの猫 紀元前600年頃

私がエジプトの動物彫刻で一番好きな、金のアクセサリーをつけた猫の彫像。ゲイヤー・アンダーソンとは、この作品を大英博物館に寄付した人物の名前だ。修復師でもあったアンダーソンは、1930年代にこの作品の中心部を修復、補強したという。

元はサッカラの神殿から出土したもので、女神バステトを象徴しているとされる。頭についているスカラベ(フンコロガシ)は再生や復活を意味し、胸にかけられた目を形が彫られた銀のプレートは守護と癒しを祈るものである。

材料はブロンズだが、なんともしなやかで柔らかそうな体つき。古代エジプト人は猫をペットとして飼い、またバステトのように猫の姿をした神も持っていた。

バステトは病気や悪霊から人を守ってくれるほか、豊穣、芸術の女神でもある。

ちなみに好きすぎて以前ミュージアムショップで頭を買ってしまったので、我が家にも飾られている。バステト神のご加護があらんことを。

Taharqo王の羊のスフィンクス 第3中間期(紀元前1059~664年

立派な角を持つ雄羊は太陽神アメンの象徴とされる。羊の間に立つ人物像はTaharqoというファラオで、この彫像はアメン神が彼を守護している様子を伝えている。

羊の体には規則的なパターンが薄く彫られている。ふわふわの毛を表しているのだろう。

現在のスーダンのカワという場所にあったアメン神殿には、この羊も含め、多くの羊のスフィンクスが参道に並んでいたという。カワではないが、私も10年以上前にエジプト旅行に行ったときに、羊のスフィンクスが神殿(どこか忘れてしまった)入口に向かって列をなしているのを見たことがある。スフィンクスはライオンだけではないのだ。

スカラベ ギリシャ・ローマ時代(紀元前332~紀元395年)

大きなスカラベ(フンコロガシ)像。現存する中で最大のスカラベ像の一つだという。つるんとしていてちょっと可愛げがある。これもある種スカラベのスフィンクスと言えるか……?

スカラベは太陽神ラーの日の出時の姿だ。スカラベは丸めた糞の玉の中で卵が孵って誕生するため、当時のエジプト人は自己創造できる動物として、自身を創造できる太陽神になぞらえたようである。


このエジプト展示室と直結して古代アッシリアの展示品を見られる回廊があるが、今回は残念ながら閉鎖されており、ルートに含まれていなかった。

こちらがその回廊。コロナ前に行った時の様子を以前記事にしたので、興味のある方はぜひ。

さて、このルートでは、エジプト展示室に隣接している古代ギリシャ・ローマの展示室も見られる。ギリシャのパルテノン神殿の彫刻が見られたり、記念建造物をそのままどーんと展示している部屋があったりと、かなり見ごたえがある。

それは次の記事で紹介したい。


大英博物館

住所:Great Russell St, Bloomsbury, London WC1B 3DG

入場無料

 

大英博物館

Posted by Sara