大英博物館の常設展で古代ギリシャ・ローマの至宝をめぐろう

大英博物館

前回の記事「大英博物館のエジプト展示室:ロゼッタ・ストーンや数千年前の彫像群を見る」に引き続き、大英博物館の目玉展示室のうちのひとつ、古代ギリシャ・ローマ展示室の見所を紹介したい。

パルテノン神殿の出土品や、美しい人体彫刻など、魅力的な作品をばんばん見せていくのでぜひ楽しんでもらいたい。

地上階にある第6室、12~18室、23室が対象。これ以外にもギリシャ、ローマの展示室はあるけれど、コロナの影響で現時点で回れるのがここだけなので。詳しくは前回の記事を参照してね。

古代ギリシャと古代ローマの関係

ギリシャ美術が中心の展示室だが、ここでは古代ローマ時代の作品もいくつか展示している。まず、古代のギリシャとローマについて簡単に説明しておこう。

古代ギリシャ

紀元前750年頃~紀元前146年。ギリシャのアテネを中心に発展した。

「古代ギリシャ」をどこで区切るかについては諸説ある。ギリシャでは、工芸品や調度品自体は紀元前3000年以前から発掘されている。

一説には、有史時代(文字で書かれた歴史的史料がある時代)で考えると、史料の乏しい「暗黒時代」が終わる紀元前750年頃から、古代ローマの支配下に入る紀元前146年とされる。この中でも、芸術や文化が大きく開花した紀元前336~146年を「黄金時代」と呼ぶ。

かの有名なアレキサンダー大王が東方遠征を行った時期もこの黄金時代に入る。その影響で、インド付近の地域では世界で初めての仏像が生まれることにもなった。

また、ギリシャの宗教はギリシャ神話を基とする多神教であった。

古代ローマ

紀元前753~紀元476年。イタリアのローマを中心に発展した。紀元前146年にギリシャを負かし支配下に置く。

ローマはギリシャ文化を多く受け継いだ。特に美術はギリシャの影響が大きく、ギリシャ時代の彫刻を精巧に模倣した彫刻群は多く見つかっており、それらはローマン・コピーと呼ばれる。この展示室では、ローマン・コピーのギリシャ彫刻を複数見ることができる。

宗教は、元はローマ神話やミトラ教に基づく多神教であった。ローマではギリシャの神々の多くがローマの神々と同一され、ゼウスはユピテル、アフロディーテはヴィーナスなど名前を変えて呼ばれた。1世紀にキリスト教がローマに入りだし、迫害を経たのち380年にローマ帝国で国教化された。

このギリシャ・ローマ文化は中世になると西洋では一度忘れられてしまうが、その後のルネサンス期に再度脚光を浴び、西洋世界の文化・学問の発展に貢献した。古代ギリシャはローマ文化の祖となり、古代ローマは現在の西洋世界の基礎となった、西洋史において大変重要な存在なのだ。

ではここから、実際の展示室で見られる作品を見ていこう。

古代ギリシャのセンスが光る工芸品の数々

テラコッタ製箱 蓋つき 紀元前760~750年

4頭の馬が蓋に乗っている可愛らしい入れ物。本体の規則的な模様もお洒落。馬の装飾が施された箱は主に女性の墓から見つかるという。

このような質の高い工芸品が一緒に埋められている墓は、その家の富やステータスを表している可能性がある。

ロバの頭型のカンタロス(高脚杯) 紀元前520~500年

ロバの頭の形をした変わった杯。彩色や造形はかなり写実的だ。ロバの顔には酒神のディオニュソスが描かれている。酒を入れる杯として使われていたのだろう。

ライオン型の小さな壺 紀元前550~500年

手のひらサイズの小ささだが、筋肉の線やたてがみの毛並みなど細かいところまでしっかり彫ってあるライオン型の壺。後ろのもう一体はかなりデフォルメされた狛犬のようで、対照的で面白い。

左側の全裸で膝をつく男性像の作品は香水瓶だという。

壺 アポローンとヘラクレスがデルフォイの三脚台をめぐり戦うシーン 紀元前500~490年

ギリシャ神話の英雄ヘラクレスと太陽神アポローンが戦う場面。

古代ギリシャ時代でもアルカイック期という時代の後期に作られた作品で、人物像のひねりのあるダイナミックな動きは、この時期の実験的な人体表現だ。ギリシャの壺では、こうした動きのある表現が彫刻よりも早く取り入れられた。

クーロス像(青年の裸体像)紀元前490年頃

こちらが、アルカイック期で一番新しいもののひとつとされる彫像。動きの少ない静的なポーズだ。同じ時期の壺の表現と比べると随分おとなしい。

アルカイックスマイルと言われる微笑を浮かべているが、この表情はこれ以前の時代の無表情のスタイルを発展させ、人間らしさを出そうとした試みだと考えられている。とはいえ、この男性像は特定の人物の肖像ではなく、男性の美や高貴さを表現した作品だとみられる。

パルテノン神殿出土品が見られる展示室

パルテノン神殿は、ギリシャのアテネの守護神アテナを祀る神殿として、紀元前438年に建設された建物だ。

ギリシャに行った時に見た、パルテノン神殿の現存する部分(修復中)

アテナ像は残っていないが、外部建築の装飾彫刻は多くが現存しており、大英博物館ではそれらの中でも主要な彫像を展示している。

この部屋は一室丸ごとパルテノン神殿関連の展示室となっている。

両側の壁には神殿内部のフリーズ(壁に帯状に彫られた浮彫装飾)が一面に並ぶ。展示室突き当りの両スペースには、神殿のペディメント(三角屋根の三角部分の外観装飾)が展示されている。

三角形に構成された神々の群像(ペディメント)

神殿正面にあった、東ペディメントの彫刻群

上の画像は、神殿正面にあたる東ペディメント部分。真ん中が失われているが、群像全体が三角形のスペースに収まるようにさまざまなポーズで見事に構成されているのがわかるだろう。

欠損した中央部分には、アテネの守護神アテナがゼウスの頭から誕生する場面の彫像があったという。

中央から向かって左側の群像は、女神3体と太陽神ヘリオス。ヘリオスは理想的な男性の肉体美を見せつけるかのようだ。ヘリオスの乗る太陽の馬車を引く馬の頭部が、彼の足元に彫られている。

中央から向かって右側には、3人の女神が座っている。正面を向いて座るのが炉の女神ヘスティア、もう一人にもたれかかるのはおそらく愛の女神アフロディーテ、彼女を支えるのは母であるディオネとみられている。

神々の衣服のドレープ(ひだ)の緻密さと写実性はすさまじい。

近づいて見るとこんな感じ。ダイナミックで動きのある彫りで、覆う体の質量をそのまま感じさせるようだ。

その横には、より保存状態の良い馬の頭もあった。これは月の女神セレネー(彼女の姿はここにはない)が引く馬車の馬で、太陽神ヘリオスと対になっている。

口元の筋肉のでっぱりや、滑らかなたてがみの表現をよくここまで彫り出したものだと見とれてしまう。「夜の間ずっと馬車を引いて疲れ切った馬」ということだが、確かに、息を切らしているような顔に見える。

ケンタウロスと人間の戦いの浮彫

ペディメントの周囲には、メトープ(浮彫を施した小壁)が展示されている。さまざまな民族同士の戦いの場面が描かれるが、この部屋に展示されているのは、半人半獣のケンタウロスとラピテース族が戦う場面である。

ほぼ丸彫りに近い状態の像もある。なんとも躍動感のあるダイナミックな構図で、両者が体をよじって本気で戦っているのが伝わってくる。

じっくりと見ながら、「ケンタウロスの上半身と下半身の繋ぎ目はこうなっているのか(人間部分のおへそもあるのか)」などと考えたりしていた。

騎馬行進が描写された浮彫

こちらは両側の壁一面に展示されたフリーズ部分。神々ではなく、馬に乗った一般市民が行進している様子を表す。

一つ一つが大変見ごたえある浮彫作品となっている。駆ける馬の地面を蹴る脚や、たなびく人々の衣服が臨場感をもたらしている。

横から見ると特にわかりやすいが、浮彫の中でも彫りの深さを調節して、馬や人の重なりを作り、遠近感を表現している。特に、多数の馬の脚が重なり合っている部分は見事だ。

実は、これらの彫刻装飾は元々鮮やかに彩色されていた。しかし、これらをギリシャから持ち帰ったイギリスのエルギン伯爵が「ギリシャ彫刻は白色であった」と主張し、無理矢理洗浄して漂白してしまったという歴史がある。

悪名高い経緯を持つこの彫刻群は、「エルギン・マーブル(エルギンの大理石彫刻)」という名でも知られている。この話については、また違う記事で触れるとしよう。

神殿墓を丸ごと展示したネレイド・モニュメントの部屋

さらに、神殿の形を模した墓をそのまま展示している部屋もある。ネレイドとはギリシャ神話に出てくる海の女神のことで、ギリシャ語ではネレイスという。

ネレイド・モニュメント 紀元前390~380年

現在のトルコにあたる、当時はリュキアと呼ばれた地域に元々あったものだが、ギリシャ美術の影響を受けておりギリシャの神殿を模した作りになっている。こんな建造物を丸ごと持ってきて展示なんて、豪快すぎる。なお、現在の姿は再建設したものだ。

ネレイス像に見下ろされる。内部には宴用の間があり、死後に宴会を行うためのものだという。

3人のネレイス像

こちらもネレイド・モニュメントに設置されていた彫像。ネレイスは死者の魂を死後の世界に導く存在だと考えられていた。

この風を受けてふわりと舞う衣服の表現。本当に石でできているのか疑ってしまうくらいに、軽やかだ。

紀元前に、こんなものを生み出せる人たちがいた。その事実が目前にあることに感動する。こういうものを見ると、彫刻家は素材に命を吹き込む魔術師なのではないかと思う。

薄い布の下に体が透けている様子がよくわかる。

こんな極薄の布を、透け感までわかるように彫れる技術を持っている彫刻家は、どんな人だったのだろう。詳細は知られていないが、この作品を見るだけでその技巧が完成されていることは容易に伝わってくる。

足元には、ネレイスが乗り物としている海鳥が一部残っている。

古代ローマ時代の彫刻とローマン・コピー

神像またはアスリートの像 ローマン・コピー 1~100年

紀元前470~460年に作られたオリジナルのギリシャ彫刻を模したローマン・コピー。太陽神アポロ(ギリシャ神話ではアポローン)、またはアスリートを表しているとされる。

筋肉隆々の健康体を誇らしげに見せつけている。二の腕には太い血管まで浮き上がっていて、芸が細かい。

かがむヴィーナス ローマン・コピー 1~200年

入浴しているヴィーナスが驚いて振り返る一瞬を切り取った作品。鑑賞者は彼女の入浴を覗き見ている感覚になる。優美な指先や柔らかそうな質感の体が、彼女の美しさを際立たせる。

違うアングルから。驚きと警戒が混じったような表情をしている。

オリジナルのギリシャの彫刻は失われてしまった。このように、オリジナルはなくなってしまったがローマ人による模倣によって現在に伝わるギリシャ彫刻は多い。

だが、コピーとはいえ2000年近く生き残ってきて、さらにこんな卓越した表現を持っているものを見ると、オリジナルとは何か、コピーとは何だろうか、とも思う。ローマン・コピーは新たなオリジナルになったのではないか。

蔦の冠を被ったデュオニソス ローマン・コピー 40~60年

ワインの神であるデュオニソスのローマン・コピー。たっぷりとしたひげをたくわえた着衣の男性の姿をしている。このタイプのデュオニソス像は初期の姿で、時代が下るにつれて若い裸の美青年へと表現が変容していく。

ヴィ―ナス 1~200年

こちらは古代ローマがオリジナルの作品。重みのある衣服が滑り落ち、そこからヴィーナスの美しい上半身が現れる。究極に理想化されてはいるが、ここには本物の肉体がある、と思わせるほどの写実性と存在感だ。特に膝のあたり、布の下には確かに骨があり筋肉があり、血が通っているのだ、と思わされる。

発見された18世紀には両腕が欠けていたが、当時は完全体の彫刻が好まれたため修復された。もしそのままになっていたら、ミロのヴィーナスのような「欠けているからこその美しさ」が見られたのかもしれない。


次の記事では、規模は小さいが大変興味深い品物を多数展示している、メソアメリカ文明(現在のメキシコ)の展示室を紹介したい。


大英博物館

住所:Great Russell St, Bloomsbury, London WC1B 3DG

入場無料

 

大英博物館

Posted by Sara