大英博物館は、古今東西さまざまな地域の文化展示室を揃えている。エジプトや西洋、中国、インドなどの有名・巨大文明だけでなく、普段あまりお目にかかれない地域の文化を紹介する部屋もあるのだ。
そんな中でも特に私が気に入っている展示室の一つが、第1室(王の図書室)に隣接している第27室のメキシコ文化展示室。現在のメキシコにあたる地域で昔発展したメソアメリカ文明(アステカ文明やマヤ文明など)の、不思議で魅力的な品物を多く見ることができる。
現在はコロナ禍で回れる展示室が限られているが、この展示室は公開されている。「大英博物館のエジプト展示室:ロゼッタ・ストーンや数千年前の彫像群を見る」「大英博物館の常設展で古代ギリシャ・ローマの至宝をめぐろう」に引き続き、今回は、この部屋で見られる古代メキシコの信仰やまじないを伝える展示物を紹介したい。
瀉血の儀式の様子を描いた石板
リンテルとは、2本の支柱の上に水平に架けられた石のパネルのこと。テトリスのような、小さな四角形に収まっている図のようなものはマヤ文字と呼ばれる、れっきとした文字である(なんと書いてあるかは解説になかったのでわからない)。
まぐさ石ともいう。これはマヤ文明の都市ヤシュチランから出土したもので、瀉血の儀式の様子を描いている。マヤにおいては、瀉血は位の高い人々が先祖や神と交信するための手段として行われた。
右側の人物は瀉血を行っている女性で、左側には血を吸わせた巻物から蛇が立ち上り、その口から女性の先祖が出てきている。これはまさに先祖との交信の場面なのだ。
神話に登場する神々の姿
展示室中央にあるこれらの彫像は、メキシコ先住民であるワステカ人の神殿や寺院に設置されていた神々の石像。
一番上にいる羽飾りを頭に付けた神は、アステカ神話の女神の中でも最もよく知られたトラソルテオトルという地母神で、穢れや病の化身であり、またそれらを癒し浄化する存在でもある。
アステカ神話に出てくる炎の蛇で、太陽神ウィツィロポチトリが武器として使ったという伝説がある。全体的にカクカクとした抽象化された形状だけど、足は割と滑らかでリアルなのが面白い。
ちょこんと体育座りをした少年のような、一見可愛くも見える像だ。だがこれは、死の神であり、9つある冥府の中でも最下層の主であるミクトランテクートリを表している。被っているのは骸骨のマスク。最下層の冥府は、自然死した者が向かう場所だという。
なぜこんな座り方をしているのか気になって調べてみたが、残念ながらさしたる情報は見つからなかった。
美しいターコイズでできた儀式用の道具
ターコイズのモザイクで作られた緑に輝く美しい蛇は、この展示室一番の目玉である作品だ。よく蛇が出てくるのでもう気づいた人もいると思うが、ヘビは当時のメキシコの人々にとって重要な存在であった。死後の世界、海、空といった異なる世界をつなぐ生き物として捉えられていたのだ。
双頭の蛇は悪い知らせの使者とみなされており、見つけたら腕に乗せて蛇が動かなかったら死を予言しているとされた。
この作品はひと塊の木から彫り出されていて、外側にターコイズのモザイクで覆ったもの。接着剤が目の周りに残っているらしく、目も元々はめ込まれていた可能性がある。儀式の参加者が胸または頭につけた飾りではないかと考えられているらしいが、実物は結構大きい(横幅43㎝、両手で抱えるくらい)なので、かなりかさばったのではないだろうか……。
空洞の目がなんとも不気味なマスク。このマスクにも、目、鼻、口の周りに2匹の蛇が巻き付き、頭の上で2匹の尾が合わさっている。2匹の蛇は、アステカの雨の神トラロックと創造神ケツァルコアトルを表すという。
うーん、目があってもこれはこれで不気味だ……。この仮面、実は本物の人間の頭蓋骨をベースにして作られている。布紐が付けられており、これで腰元に装着していたと思われる。
テスカトリポカはアステカ神話の中で、主要な4人の創造神のうちの一人とされる。
古代メキシコでは、ターコイズは緑色の石の中でも最も価値ある石の一つでたり、緑の石は命の水、そして実りの象徴であった。ターコイズは儀式用の道具や王の宝器などに使用され、すべての人間を支配する創造的な力の具現化として、王や司祭が身に着けた。
木で作られたジャガーが座っている形の容器。耳がかたどられてないこともあってか、胎児か生まれたての仔ジャガーのようにも見える。背中には椀がついており、太陽への捧げものを入れるために使われたのではないかという。
アステカでは、ジャガーの捕食者としての力は夜や洞窟、死後の世界と関連付けられた(ジャガーは夜行性である)。司祭はシャーマンの力を使った儀式で、ジャガーになりきったという。
ポップでカラフルな写本
鹿の皮でできた折り畳み式の本。8世紀以前の王朝の歴史と、統治者Eight Deer Jaguar-Clawの系譜と結婚、政治、軍事について綴ったものだという。
本と言ってもこの文化では文字ではなく絵が中心で、右から左に向かって読む。この独特なミシュテカ文字は、現在の私たちが使う文字とは根本的に異なる。文字だけで文章を作ることはなく、あくまでも絵を中心とし、文字は固有名詞や数字を補うために使われた。
その絵は、現代人の目にもお洒落に見えるポップさ。赤、青、黒、白を基調とした洗練されたイラストで、なんてモダンなのかと驚いてしまった。
当時の人と動物を表した彫像
頭が異様に長く、腕が異様に短い、面白い形状の女性像。肩から腕にかけて広がるブツブツは、入れ墨のように体に模様を入れる、スカリフィケーションと呼ばれる身体装飾である。成人になったことを記念する儀式で入れるものだといい、このスタイルは人気だったようだ。
どっしりと迫力ある大きな蛇の彫像。実は解剖学的に細部まで正確に再現されたガラガラヘビだ。
通常は見えない底面もしっかり彫りこまれており、下に設置された鏡で確認することができる。口底に空いた穴は気管、鼻のすぐ下にあるくぼみはピット器官と呼ばれる熱センサーだという。
アステカ人はこのように、自然の鳥や虫、爬虫類をよく観察して彫像を作った。
半透明の石灰華で作られたサル型の容器。
クモザルやオマキザルなど現地にいるサルは、神話にも登場し、人間の創造や人間が登場する前の創造の時代と関係があるとされる。当時のメキシコの人々も、サルを見て自分たちの起源を感じ取ったのだろうか。
こちらはおまけ。この展示室のすぐ外にある作品で、メキシコではなく中央アメリカのホンジュラスで発見された彫像のコピー。
位の高いマヤの女性が着るスカートを着ているため、当初は貴族の女性がモデルだと思われていたが、実はUaxaclajuun Ubʼaah Kʼawiilという名の王であることがわかった。
この像では、王は両性の農作物の神に扮しているため、女性の格好をしているのだという。王は国民のために豊作を願う儀式を行い、神と交信する役割を果たしていた。
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この古代メキシコ展示室、大変小さなスペースではあるが、このように珍しい名品を通して当時の文化に触れられる部屋だ。
大英博物館の人気展示室、第1室を見たついでにでも、寄ってみることをおすすめしたい。
住所:Great Russell St, Bloomsbury, London WC1B 3DG
入場無料
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