オックスフォード大学自然史博物館の中に、小規模な博物館が併設されている。展示は自然史系ではなく、文化や民俗に関連したもの。
軽い気持ちで覗いてみたら、狭いスペースに世界中のあらゆる文化がまんべんなくぎゅうぎゅうに詰め込まれ、奇々怪々とも言える空間を形成していたのだった。それが3フロアにわたって展開されている。
入口にある階段の上から見た景色。ものすごい密度だ。実際の内容も、混沌、奇妙、摩訶不思議。そんな言葉がよぎるミュージアムである。
どこを見ても面白いものしかない大変魅惑的な博物館だったので、この記事で詳しく取り上げたい。
※一部、干し首や頭蓋骨などの人体の画像あり。なお、2020年9月よりこうした人体関係の展示品は取り下げることになったといい、現在は見ることができない。
また、オックスフォード大学自然史博物館のレポはこちらから。
100年以上の歴史を持つコレクション
博物館の名前にもなっているピット・リバーズとは、19世紀の軍人兼考古学者であった人物。彼は所有する2万点以上ものコレクションをオックスフォード大学に寄贈し、それを元に1884年にこの博物館が作られた。
あらゆる時代、文化に関連した物を見せるコレクションで、リバーズ本人以外の探検家や研究者、観光客、宣教師などから寄贈された展示物もあるという。
展示品にはキャプションがあったりなかったり、またあっても大変小さいタグのようなものも混ざっていたりするので、なかなか物の詳細を把握するのには骨が折れる。また、そのタグも手書きで読みにくかったり、中には品物本体にデータが書かれているものまである。
個人的には、ここがイギリス随一の「狂気の博物館」である。とにかく物量が多く結構なカオス具合なので、現代の感覚だと「洗練されている」とは言い難いが、それが収集癖的熱狂というか、静かな狂気を感じさせる空間を作り出しているのも事実。ひと味もふた味も他とは違うコレクションである。
ピット・リバーズ博物館の魅力
この博物館の魅力は、世界中から集められたさまざまな品物が、大陸や文化を横断して特定のテーマごとにまとめられている点だ。例を挙げてみよう。
これは「woodwork(木工品)」というテーマのセクション。木製であればなんでも入れちゃるぜ、と言わんばかりに、世界各地の木製楽器や工具から、木箱、木製の家具、日本の能面、人間の彫像まで、雑多とも言えるセレクションが陳列されている。国は西洋、アフリカ、アジアと大変幅広い。
こちらは、「playing card(玩具用カードや札)」のセクション。ヨーロッパのトランプから、インドの漆でできた札、日本の百人一首、ビルマ(ミャンマー)の双六模様のようなプレートなど、やはり国や文化を超えた収集品が並ぶ。
このようにまとめられた展示品を見ていると、国や文化や人種などの垣根を超えた、人類そのものの文化の多様性と広がりをしみじみと感じる。地球上のあらゆるところで同じものが、例えば「楽器」とか「お守り」とか「武器」などが、現れ広まったんだなとなんだかとても感慨深くなるのである。
古今東西の品物が並んだ展示品
あまりに雑多かつ情報量が多い(いや、説明が少なすぎる場合もある)ので、この展示室を歩き回っている間は、一人ツッコミがはかどる。が、最終的にはあまりの物量と奇妙さの波に流され溺れそうになった。
ここからは、訪問時にあれよあれよと目の前に出てきた展示品の中でも特に目を引いたものを紹介する。
世界中の仮面コレクション
入場してから展示室を見渡してまず目を引いたのが、こちらを見てくる数々の顔。さまざまな種類の仮面が、所狭しと並べられている。人によっては結構不気味な光景に見えるかもしれない。
色々な文化の仮面に混じって、日本の能面のようなものも並んでいる。ここだけ和ホラーな一角。
右端の仮面は日本の女性能面。中央の2つはあの世とこの世をさまよう幽霊の能面だという。
左端の人間ぽい顔の仮面は、中国の猩々という伝説上の動物(二足歩行の猿のような生き物という)。酒を飲んで酔うと演技の良い舞を踊るとされる。顔の色が赤みがかっているのは、酔いを表現しているらしい。
動物や人間の毛を用いた仮面もあり、なかなか迫力がある。奇怪な装飾や表情をしているものもある。しかし、本当に幅広い種類の仮面があるのだなと思う。どの文化にも存在するものなのではないだろうか。
儀式、信仰、まじない
神道の儀式でおなじみの御幣。紙と木でできており、神への捧げものを意味する。
國學院大學のサイトによると、「幣」は貴重な物を指し、古代から日本人はさまざまな貴重品を神に捧げてきた。時代を経るにつれて、「幣」は鏡や鉄製の武器などから、布、紙へと変化したという。紙もまた、昔は貴重品であった。
貴重品であった「紙」と「神」が同じ発音なのは何か訳があるのだろうか、と思って調べたが、特につながりはなく偶然同じ発音になったようであった。
馴染みのないものなので、見た時にはどこか全然遠い国のものかと思ったが、なんとアイヌ人の伝統儀式「イオマンテ」に使われた熊の頭骨であった。イオマンテとは、熊などの動物を殺して神々の世界に帰し、豊穣を願うアイヌの儀式である。
古びた見た目の解説には、この頭骨とともにinao(日本語でいうイナウのことと思われる。アイヌ人が神に捧げる木製の供物)やhokmenweni(オㇰメウェニ。枕木として使われる)、あの世で食事に使う箸などが一緒に捧げられるといったことが書かれていた。
これらの単語はおそらく現地の発音をそのままアルファベットに起こしたもので、そのスペル通り検索しても出てこないものが多く、オㇰメウェニに関しては読者の方から教えていただいた。アイヌ語自体、文字を持たない言語なので致し方ない。
儒教やヒンドゥー教や仏教の偉人、神仏が一同に会している間。もはや密集しすぎて暑苦しい。すごい(語彙の消失)。日本製の仏像もちらほらあったと思う。
密教の世界で宇宙を表す曼荼羅の形をした、米を供えるための容器。寺に捧げられるのだという。1996年に購入したものだというが、制作年は不明。
小さなビーズで丁寧に作られている一品。ちゃんと米と一緒に展示されているのが本格的で嬉しかった。
イスラム教の説明が書いてある横に置かれていたものなので、イスラム教に関係したものなのだろうか……。鬼瓦みたいな顔に獣の角が2本つけられている、不思議なキメラだ。角だけがやたらリアルで(本物だから当然だが)なんだかちぐはぐな印象。
ガンダン・テクチェンリン寺という、モンゴルのウランバートルにある仏教寺院の模型。18世紀に当時の中国の皇帝により創建されたが、その後ソ連に持ち去られ、1900年代後半に数十年かけて復興された建物だという。オリジナルの寺院はソ連に持ち去られたまま返還されていない。
これはまだ復興中である時に、完成形を見せるために作られたもの。モンゴル人にとっては、歴史の中で自分たちの文化復興を表すシンボルのような存在になっているのだろう。
ビンロウジとは、ビンロウと呼ばれるヤシ科の植物の実のこと。これに少量の石灰を混ぜ噛みタバコのように噛んで摂取すると、軽度の興奮感や酩酊感が得られるという。インドや東南アジアで古代から現代まで親しまれており、儀式に使われることもあったという。
これらの道具は、石灰を混ぜるスパチュラとして使われていたものらしい。本体にデータを書き込んであるのが、なんとも当時の管理を彷彿とさせる(もったいない気もするけど、データを書いた紙がどこかに行ってしまう心配もないので、合理的と言えそう)。
コンセプトが謎の顔面が唐突に現れる。ここでは一瞬たりとも気が抜けない。コブラが巻き付いているのでインドや東南アジア、エジプトとかだろうか、でもエジプトっぽくはないのでアジアかな……。なんて目をしているんだ。
なんて目をしているんだ第2弾。がっつり入口から見えてはいたが、展示物を見て回るのに夢中になりすぎて、気づいたら目の前に現れていた巨大トーテムポール。
カナダのブリティッシュ・コロンビアの先住民族であるハイダ族のもので、その酋長が少女を養子にしたのを記念して作られた。
人間や熊が積み重なった形状で、一番下の眼力がある鳥はカラス。人間を抱えて(?)いる。ハイダ族に古くから伝わる伝説を表すトーテムポールだという。
ニュージーランドの先住民族マオリ族による木彫りで、船尾材として使われていたもの。マオリ族にとって木彫りは大変重要なもので、熟練の木彫師は尊敬を集めた。また最近まで、木彫りは男性のみの仕事だったとされる。
鳥のくちばしを持つ守護神マナイアが渦巻き模様とともに彫られており、足元の人間の顔は進行方向を見ているとされる。
「なんだこれ」と目に止まった3体の人形。おままごと用の玩具ではない、やや異質な雰囲気を感じた。
説明を読むと、アメリカ先住民であるホピ族に伝わるもので、人と神々を仲介する精霊のような存在「カチナ」の人形であるらしい。カチナは単一ではなく数百種類もいるとされており、この人形のようにフクロウや牛などさまざまな姿で表される。子どもたちは小さい時に人形を受け取り、それぞれのカチナについて学ぶという。
各地の生活が垣間見える品々
皮張りのカヌーは北半球で多く作られているが、その中でも最も洗練されているものがこれらイヌイットのカヌーだという。1人用から2、3人用、狩り用から移動用まで、さまざまな種類がある。
家畜の長骨(大腿骨のような長い骨)を集めて作った舗道。言われなかったら骨だと気づかない(というかまさか骨が使われているとは思わない)かもしれないが、知ってしまうと「えっ……」と思うこと間違いなし。
大変古い家の台所の下から見つかったのだという。なぜ動物の骨を使ったのだろう。石不足だったのだろうか、安く済ませたかったのだろうか……。
判事裁判所で罪人に罰を与えるものとして作られた拷問器具。穴に脚を入れさせて固定し、さらし者にするための道具だ。この罰を受けた男がどんな罪状だったのか明らかにはなっていないが、特定の日、場所で使うために制作されたものという。
唐突に日本語が目に入ってきたと思ったら、のし袋が展示されていた。しかもどこかの会社の……。1996年のものらしく、展示室の中では新しい。
説明には「祝い事に使われる袋で、昔は干し魚が付けられていた。今でもこののしは使われているが、魚はついていない」とあり、「えっ魚使ってたの?」と新たな事実を知った。
後で調べてみたら、魚ではなく「干したアワビ」をつけていたらしい。アワビは長寿の効果があると考えられており、また高価なものだったので祝い事に使われたとか……ちなみに「のし」は「のしアワビ」の略で、アワビは高価だったので少量ですむように筒で「伸し(伸ばし)」て使ったことから来ている。
日本人としてトリビアを学んでしまった。ありがとうピットリバーズミュージアム。
本物のふぐを使った、とってもユニークな提灯。要は剥製ランプである。よく考えたものだ。
犬ぞりをモチーフにした作品。上から見るのはなんか新鮮な感じ。どこで作られたものかはわからないが、エスキモーとかそういう人たちの文化を表したものかもしれない。
人間も犬もそりも作り込まれていて、ミニチュア玩具のようなおかしみがある。
しゅっとした形の豚の貯金箱。この日は、やはりオックスフォードにある他の博物館でこれよりもさらに昔の豚の貯金箱を発見したという収穫があったので、「今日は古い豚の貯金箱が目につくなあ」と思ったのを覚えている。
詳しくはこちら。
見た途端「うわっ……」と小さく声を出してしまったもの。なんだこの禍々しいものは。
ここには、「多くの文化では、勝利の証として敵の頭骨を取るのが一般的であり、単なる殺人ではなく社会的秩序を保つために必要であった」という説明があった。これもその一部なのだろう。首狩り族がおそらく侵入者? 敵? を狩って頭を串刺しにし、誇らしく飾ったのだろうか。
冒頭で書いたように、これはもう現在撤去されている。別の首狩り族の標本はロンドンのウェルカム・コレクション常設展「Medicine Man」で見られる。
どんどん出てくる。怨念がこもっていそうなドクロ。巻き付いているのは植物だろうか、金属だろうか……。説明が見当たらなかったので写真だけ。異様な雰囲気があった。
中国の船の模型。ちょっとサンダルみたいな形をしている。素材は竹だろうか。
用途不明の品
釣り鐘みたいな形をした本体に彫られた顔がシュールかつユニークで、思わず足を止めた。
キャプションが見つけられなかったので何かは不明。用途も不明。下に白いネズミがいるが、関係性もよくわからない。
また頭蓋骨に出会う。なんだろうこれ、わからない、もう何も……。装飾されているのと、祠みたいなものの中に入っているので、どこかで祀られていたものなのかもしれない。
素晴らしい工芸品
象牙の工芸品が展示されていた一角。特に1つの象牙から彫り出したという透かし彫りの球体は見ものだ。どうやって彫ったのか想像もつかないほどの超絶技巧。
上からなので見づらいが、手前にある、人間が棒にぶら下がったからくり仕掛けの作品は、おそらく中央がクルクル回るようになっていると思われる。
中国のものか日本のものかわからない透かし彫り作品。果実を象ったフレームに、山の中に人々や家、馬に乗った人がいる光景が彫られている。こちらも細部まで大変精巧に作られていて、見ごたえがある。
キャプションのタグが作品の後ろに回り込んでいるので、あまり詳細がわからなかった。残念。
象牙のカーブ型を活かし、動物を彫った作品。ワニに支えられ、多数の象が連なっている。
こちらも象牙にさまざまな動物や人間を彫った作品。よく見るとサソリや蛇もいる。
ボルネオ島のイバン族に属する彫刻。イバン族は昔はボルネオの中でも最強の首狩り族として知られていた民族である。
鳥のサイチョウ(↓)は現地ではクニャランと呼ばれ、19〜20世紀にイバン族の戦争の神として崇められた。
色とりどりでとても綺麗。この彫像は敵を攻撃すると信じられていた。首狩りの風習はもうなくなったが、このサイチョウは未だに彫られ、儀式で使われているという。
充実にもほどがある根付コレクション
今までイギリスで見た中で一番大量の根付コレクションに出会った。実際は上の写真の3倍くらいの量が展示されている。印籠も少し紹介されていた。
あまり近づいて見られないのが残念だが、とにかく多様なモチーフの根付が見られる。
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オックスフォード大学自然史博物館を見学する際は、ぜひこのコレクションも見逃さずに訪れてほしい。
住所:Parks Rd, Oxford OX1 3PW(オックスフォード大学自然史博物館内に併設)
入場無料
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