以前レポートした、標本と骨だらけの博物館、グラント・ミュージアムのすぐそばに、古代エジプト文化専門のミニ博物館があるのを発見した。その名も、The Petrie Museum of Egyptian Archaeology。
グラント・ミュージアムには何度も行っていたのに、まったく気づかなかった……。それもそのはず、大学の敷地内、狭く目立たない横道の中でひっそりと運営されているからだ。
グラント・ミュージアムもこの博物館も、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン (UCL) の運営する機関である。
古代エジプト文化を見られる博物館と言えば大英博物館が有名だが、ダイナミズムこそ負けるものの、この博物館は大変貴重で面白い品々ばかりなのだった。所蔵品は計8万点に上るという。
小さいながら、何千もの貴重な古代エジプトの遺品がずらりと並ぶさまは壮観。ここでは、ものすごい密度と共に、古代エジプトの人々の暮らしぶりまでもありありと浮かんでくるような、興味深い品物がこれでもかこれでもかと視界に入ってくる。
ここでは、私が特に面白かったと思うものの一部をピックアップして紹介したいと思う。
中はこんな感じで、所狭しと展示物がひしめきあう。ここは石板の間。
壺に特化したセクション。ミュージアム自体は本当に小さい。
良い保存状態の石板とヒエログリフ
石板は色が残っているものもいくつかある。ヒエログリフがくっきりと浮かび上がる。
サッカラ出土の墓のレリーフ。サッカラは古代エジプトの首都、メンフィスの墓地である。葬式に使う家具を作っている大工たちを表したもの。
こちらは説明がなかったが、おそらく神に供物をささげているところだろう。捧げものは野菜と、上にいるのは2羽の鳥だろうか。壺には穀物か酒が入っているのかもしれない。
大変綺麗なヒエログリフ。機械で彫ったように見えるくらい、ブレもゆがみもない。当時文字が読み書きできるのは神官だけで、大変貴重なスキルだったというが、神官が彫ったのだろうか? それともこれを彫る職人がいたのだろうか。
これは大人の身長くらいの高さがある、巨大な壁画。もともとは寺院の壁であったということだ。
右側にいるのが豊穣の神ミンで、左から、ミンに駆け寄っているのが、センウセレト1世(第12王朝の第2代ファラオ)である。これはセド祭という儀式の1シーンを描いたもの。統治者の身体的な、また霊的なエナジーの再生の儀式であるらしい。
ミン神は豊穣の神だけあって、男性器が強調して描かれているのが特徴。1894年に初めてUCLで展示された時、イギリスはヴィクトリア朝時代。性的なことに敏感だったこの時代、この部分はラベルで隠されていた、というエピソードが紹介されていて面白い。
古代エジプトのファッション
世界最古の服
放射性炭素による年代測定により、最低でも5000年前のものだと判明したこの服は、世界最古の衣服のうちの1つ。今の洋服と変わんないじゃーん!
実際に着用されていたものであるらしく、発見時は頭から脱いだかのように裏返しになっていたという。また、裏返しであったのは、死者と共に墓に埋葬されたことが関係しているとする説もあるらしい。
数千年前の靴
草履に似た、植物で作られた靴。
足袋のような靴下も。
この靴は説明がなかったのでどのくらい古いかわからないけれど、古代のものであることは確かだろう。現代の靴って言っても十分通用しそう。すごいモダンでびっくりした。
人間の生活ってこの頃と今と根本的には変わらないのかも……と思ったが、その他の日用品を見てみるとますますその考えが強くなった。
古代エジプト人たちが使っていた日用品
数多く展示されていた古代エジプトの日用品を見ながら歩いているうちに、なんだか当時の生活がありありと脳裏に浮かんできた。
歴史の教科書で見たような石器の数々。斧や矢の先として使われていたらしい。実際に見るとかなり鋭利である。
カバの牙から作られたヘアピン。古代の女性も髪をまとめていたのだ。
にんにくを模した粘土彫刻。後ろの絵は比較のためのもの。なんでにんにくを作ったのだろうか……。儀式とかに関係あるのか、遊び心か、おままごとにでも使うのか。
動物の骨から作った櫛。飾りとして鳥の形の装飾がついている。
蛇がとぐろを巻いている模様のゲームボード。どんな遊びだったのだろう。
ちょっと時代が経ってローマ時代のもの。
小人の家のような手のひらサイズのランプホルダー。雑貨屋とかに売っているキャンドルホルダーと同じじゃん! と驚いた。これにポップな色でもつけたらとても可愛くなりそう。
古代エジプト人の周りにいた動物たち
こういう魚の形をしたプレートが、ちらほらあった。
これなんか、かなり写実的。昔私が買っていた熱帯魚(ドワーフグラミー)に似ている……こういう形の魚は他にもいるだろうけど。
ドワーフグラミー参考画像↓
©️Fred Hsu
ライオンの像。古代エジプトではライオンは神聖視され、多くの彫像が作られた。バステト神やスフィンクスなどの神々や幻獣もその一部である。
エジプトでは雄ライオンではなく雌ライオンの方が人気だったようで、この彫像も雌ライオンである。
注目すべきはその表情で、アルカイックスマイルである。アルカイックスマイルとは、主に古代ギリシャの彫刻に見られる微笑みの表情で、感情を極力抑えた顔に口元だけ微笑んでいるというちょっと不気味というか不思議なスタイルだ。古代エジプトのライオン像にもこれが見られるというのは興味深い。
ワシの木像。もとは金箔で覆われており、その名残がまだかすかに残っている。ワシは太陽神ホルスの象徴でもある。くりっとした目が可愛い。
カエルの像。古代エジプトではカエルは胎児、多産の象徴であったらしい。ヘケトという水の女神もカエルの姿で現されていた(これもそうなのかもしれない)。
ちょっとずんぐりむっくりだけれど、これも結構写実的だと思う。
猫はエジプトで崇められている生き物だったので、猫を彫った像が数多くある。1匹だけ座った姿で表されることが多いが、この猫は珍しく子連れ。4匹の子猫が親猫の前に群れている。
こちらはエジプトは太陽の化身とされたフンコロガシ(スカラベ)の棺。フンコロガシのミイラを入れるための物らしい。フンコロガシのミイラ(と入れ物)まであるなんて、さすがだ!!
フンコロガシは、糞球を転がす姿を太陽を運んでいる姿になぞらえて、太陽神と同一視されたようだ。また幼虫が何もないところ(糞の中)から生まれてくるという神秘性も、信仰を後押ししたらしい。
古代エジプトにハリネズミがいたことをこれで知った。とげとげ感はあまりないが、全体の形は本物にそっくりだ。
右の黒い壺、なんだかタヌキが手ぬぐいを被ったようなモチーフは、カエルに人間の顔をつけたものらしい。前述したカエルの神、ヘケトなのかもしれない。カエル要素がまったく見えないが。
後ろに展示されている、変な顔がついている壺もユーモラスでなかなか可愛い。
埋葬に関連した品(※骨注意)
発見当初の記述には成人女性とあったそうだが、後に男性であることが判明。しかも2m近くある高身長の男性だという。
発見されたままの状態、姿勢で展示してある。上部には蓋の部分が展示されており、完全に骨を覆う形になるようだ。
ミイラと共に埋葬された、木版に描かれた死者の肖像画。古代美術の中では極めて優れた作品且つ、死者のアイデンティティを知らせる資料としても貴重である。
かなり写実的なので、当時の人の顔つきもはっきりとわかる。美術史的には、この様式は古代ギリシャ・ローマ美術の影響を受けているとされる。古代エジプトと古代ギリシャ・ローマは相互に文化的な影響を与えあっているのだ。
ミイラの棺
ミイラの棺もいくつか展示されていた。この棺には、紀元前700年頃死亡した裕福な階級の女性が葬られていた。こうした棺で埋葬されるのは裕福な立場や王家の人物のみであった。
表面に描かれているのはただの模様や装飾ではなく、『死者の書』から引用された図像と祈りの言葉である。死者の復活を導くための内容であるらしい。
中にもカラフルなヒエログリフがびっしり。こんなに顔料を豊富に使うことができるのもお金持ち特権という感じがする。
エロスな像たち
展示物の中でもひ時わ面白かった、性的なモチーフたちを紹介していくよ。
すべてメンフィス出土の品。
1人の女性と2人の男性が絡み合っている彫像らしい。2人しか私には見えないが、きっと制作当時はもっとはっきりしていたのだろう。
子どもに授乳している女性を後ろから挿入する男性という、もうめちゃくちゃな像である。なんでこうアクロバティックなのか。授乳くらいゆっくりさせてあげてほしい。
何の意味があってこれを作ったのかが知りたい。古代のエロ本代わりだったのだろうか。
左側が男性器を模した道具で自慰する女性、右側が寝そべってキスするカップル……らしい。
この2つを隣り合わせにするのは何か意図があるのだろうか。
どんな意図があるのだろうか。
神官と、舞踊と戦闘の神ベスが巨大な男性器を運びながら行進をしているところ。
ファルス(男性器)信仰は世界中の文化で見られるもので、日本にもある。古代エジプトではファルスは豊穣のシンボルであった。
さて、長くなってしまったが、この博物館、古代文化やエジプト好き、歴史好きにはたまらないものがたくさんあったので、ぜひ訪ねてみてほしい。
開館時間がちょっと特殊なので、そこだけ注意。
The Petrie Museum of Egyptian Archaeology
住所:University College London Malet Place London WC1E 6BT
入場無料
開館時間:火~土 13~17時
ほぼお隣にあると言ってもいい、動物の標本だらけのグラント・ミュージアムについてはこちら。
https://japanesewriterinuk.com/article/zoology-museum.html
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