レンブラントの光を見て感じる展示:ロンドン、ダリッジピクチャーギャラリー

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ロンドン南部のダリッジ・ピクチャー・ギャラリー(Dulwich Picture Gallery)で開催中の「Rembrandt’s Light」(〜2020年2月2日まで)展に行ってきた。オランダのバロック派巨匠レンブラントの「光」の表現に着目した展示だ。

展示室ごとに独特の光を表す照明のセッティングがされていて、鑑賞者がレンブラントの光を「感じながら見る」ことのできる空間となっていた。

今回は、この展示で見られる見事な光の表現について紹介していきたい。

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明暗を用いて劇的な場面を作り出したレンブラント

「姦通の女」1644年

不貞行為を犯したとして女性が捕らえられ、ユダヤ人の男性たちに責められている。

キリスト(茶色の服を着ている男性)はそれを見て「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、この女に石を投げなさい。」と言うと、誰も石を投げることができなかった……という聖書のエピソードを描いた作品である。

引いた構図で、女性とキリストの周りだけが光で照らされている。それとは対照的に、画面中央から上は暗闇に呑まれ、高い天井を持つ冷え冷えとした空間が広がる。まるで舞台の一場面のようなドラマティックな構図だ。

そう、レンブラントの作品はドラマティック、つまり舞台的なのだ。極端とも言える光と影の表現によって劇的さが強調される。

「聖ペトロの否認」1660年

キリストがローマ人に捕らえられた時、その弟子であるペトロは「キリストの弟子か」と疑われ「キリストを知らない」と3回言ってしまう。弟子のリーダー格であったペトロが自ら師を裏切るという、聖書の中でも衝撃的な場面の1つだ。

ここでは、白い衣装をまとったペトロが少女にキリストの弟子であることを咎められ、戸惑ったような顔をしながら自分はキリストを知らないことを告げている。ペトロの後ろには、うっすらとではあるが、連行されるキリストの姿が見える。嘘をつくペトロを後ろから見つめているようだ。

光源はどこかというと、少女が手に持ち、もう一方の手で隠している蝋燭である。本体は見えないが、強い光で手元の狭い範囲を照らし出す。蝋燭の光を覆っている方の手の影、その後ろから溢れ出る炎の光が実に写実的だ。

弟子たちに「光」を教えた

レンブラントにとって光は最も重要な要素であり、その表現を自分の弟子にもしっかりと教え込んだ。弟子たちはレンブラントのアトリエ内、窓の側にそれぞれ自分たちの作業部屋を持たせてもらっていた。

「トビトとアンナ」1645年

旧約聖書の登場人物トビトとその妻アンナを描いた作品。これは実はレンブラントと弟子たちの合作で、弟子の練習台として制作された。レンブラントが基本的な構図を描き、その後は弟子の手に引き継がれた。

ここには陽の差し込む窓と焚いた火という2つの光源がある。二種類の光がどうやって室内に広がるのか、弟子たちは懸命に表現しようとしたに違いない。

「ヨセフの夢」1645年

レンブラントは光に関して、技法マニュアルを作るよりも、「手で覚えろ」派だったようだ。こちらも、レンブラントが構図を描いて、弟子が描き足したもの。

1つ前の作品が昼間の光景だったのに対し、こちらは夜の場面だ。聖母マリアの夫でありキリストの養父であるヨセフが、夢の中で大天使に「危険が迫っているから妻子を連れて逃げなさい」と告げられているところ。

ここにも2つの光源がある。小屋の天井から差し込む天の光と、大天使が放つ光だ(私には、マリアも後光がさしているように見えるのだが)。大天使の光は左側の壁に反射し、ヨセフの影が映し出される。

レンブラントのアトリエ

彼のアトリエには大きな窓があり、そこからは柔らかな太陽光が降り注いだ。

「芸術家のアトリエ」1659年

インクで自身のアトリエを描いた作品。大きな窓があるのが見える。

展示室内には、比較的暗い部屋でその窓も再現されていた。かなりムーディー。夜には、こんなふうに蝋燭を灯してそれを観察したのかもしれない。

オランダ、アムステルダムで行ったレンブラントの家とアトリエのレポはこちらから(姉妹サイトに飛びます)。

レンブラントの家訪問@アムステルダム:アトリエと奇想のコレクション

美しい夜景の光

「エジプトへの逃避行上の休息風景」1647年

レンブラントの夜の風景画では唯一現存する作品と言われる。小型の作品だが、大変目を引く画面構成。真っ暗で静かな荒野の中で、焚き火のなんと暖かそうなことか。

大天使のお告げを受けたヨセフが、マリアと幼いキリストを連れて危険を逃れるためにエジプトへ向かう途中のシーンだ。

上空で輝く月は、輪郭なく周りを明るく照らしているように見える。

こちらは実際に展示室で近づいて撮った拡大写真。緑の部分は照明かなにかが反射してしまっているだけで、絵には関係ない。

暗闇は青、緑、黒。焚き火の炎は白とオレンジ、黄色で構成されており、ほんの小さな筆致で絵の具が盛り上げるように乗せられている。これが、引いて見ると鮮烈な炎になるのだ。

夕方のほのかな光

「暗い部屋の聖ヒエロニムス」1642年

光と影の対比がかなり極端な版画作品。実物は、ハッとするほどに窓の明るさが際立っている。だが、部屋全体を照らすほど眩しい昼間の光ではなく、これは夕暮れ時の太陽光である。

室内では、光のグラデーションの中に、キリスト磔刑の十字架や骸骨の置物がうっすらと見える。黒と白だけで光を表現する、モノクロームならではの面白みがここにはある。

「感情」を表現する光

レンブラントは、感情を表す手段としても光の表現を用いた。光は時に、怒りから喜び、混乱から理解という感情の転換をも強調する。

「墓のキリストとマグダラのマリア」1638年

マグダラのマリア(キリストの母マリアとは別人の女性信者)が、キリストの墓でその死を嘆き悲しんでいる時に、復活したキリストが現れる場面。墓の部分は暗く、キリストがいる側は光が差している様子は、死の世界と生の世界をそのまま表しているようにも思える。

彼女の顔を照らす光は、絶望、悲哀から、気付き、驚嘆へ変化する表情をより劇的な印象に見せる。

実際に展示されていた部屋は、このようにかなり暗かった。作品に当たる照明だけが調節され、時間を経てゆっくりと明るさを増していく、インスタレーションのような演出となっていた。

当たる光が明るくなるにつれ、周りの暗闇とのコントラストが強くなり、マリアの驚きの感情は徐々により強く、より強調されていくように見えた。

レンブラントの作品は、鑑賞する環境の照明によってもだいぶ変わることがこの展示でわかった。

人物像と光

レンブラントの人物画では、光は絵画の中の人物と鑑賞者を歩み寄らせる働きをしている。極端な明暗の対比、つまり闇の背景に明るく浮かび上がる人物像は、より実在感を持って視界に入ってくるのだ。

「カタリナ・フーグザートの肖像画」1657年

オランダの名家の女性の肖像画。黒い服と背景と、彼女の白い肌の対比は強烈だ。高級そうな滑らかな素材の衣服、指輪や頭飾りなどのアクセサリーの質感の描き分けは写実的で、彼女の富を伝える要素でもある。

そして、精巧な文様の織物が暗闇に呑まれていった先には、よく見るとペットのオウムがいる。もう1つの印象的なモチーフとなっただろうオウムをここまで「影」にしてしまうとは、レンブラントの大胆さには恐れ入る。

「窓辺の少女」1645年

窓の縁に身を乗り出す少女は、まるで手を伸ばせば届きそうな立体感がある。あどけなさの残る表情と控えめな物腰が、この少女の性格まで伝えてくるようだ。

明るく表された人物像の中でも、額から鼻先、口元にかけてのラインは、実際に特定の角度からの光が当たるとより明るく見え、鑑賞者の視線を引きつけるように描かれている。

「水浴する女」1654年

レンブラントの恋人がモデルになったと考えられている女性像を描いた作品。恐る恐る、といった様子で水に入る女性の周囲はほの暗く、レンブラントとこの女性だけの秘められた空間を覗いてしまったかのような印象を受ける。

女性の顔が下を向き自分のことだけに集中しているところも、まるで私達鑑賞者は全くの部外者で、彼女は私達に気づいていないのでは、と思わせられる。

「自画像」

最後に展示されていたのは、数あるレンブラントの自画像のうちの1つ。こちらも極端な明暗対比で、鑑賞者の視線は自然と明るいレンブラントの顔、そしてこちらを真っ直ぐに見据える力強い目に向いていく。
キラリと輝く耳飾りも、アクセントになっている。

この作品を間近でゆっくりと見て、その精巧な描き込みに驚いた。

可能な限り近づいてみると、まばらな眉毛や髭の先から肌のうっすらとした点々のシミまではっきりと見える。そして頬や鼻先、目の周りに配された薄いピンク色は、この自画像を生き生きと血の通った人間に見せるのだ。

全体像で小さく鋭い輝きを見せる耳飾りは、スッと引かれた白いラインであった。この繊細な筆使いは、本当に見られてよかった。

常設展には他のオランダ絵画の傑作を集めた部屋も

レンブラントの展示を見終わってから常設展を見ていると、オランダ絵画作品を集めた部屋があった。その中で特に印象的なものを紹介しよう。

アドリアーン・ブラウエル「酒場の中」1630年

レンブラントも作品を所有していたと言われるブラウエルの作品。この画家自身よく居酒屋に行っていたといい、当時の酒場の光景がありありと描かれている。

農夫たちは酔っ払って飲めや歌えや楽しそうだ。手振り付きで踊っているような人も見えるが、この光景は当時「だらしない行動」と見なされていた。この作品はいわば反面教師的な作品なのだ。

特にそれを強調するためか、右側の柱にもたれかかる男はなんと郵便入れに放尿してしまっている(当時は居酒屋に郵便入れがあったのだろうか)。

ヤン・ステーン「旅芸人たち」1665年

風俗画で有名なヤン・ステーンの作品。ある町にやってきた旅芸人たちのパフォーマンスに人が集まった光景を描いている。

老若男女がのどかに娯楽を楽しむ後ろで、この特別な機会をいいことに若い女性をナンパしている男性が見える。女性は馴れ馴れしい男性にやや驚いているようだ。当時の小さな町の日常のほんの一瞬を切り取ったような空間である。

ヤン・ファン・ハイスム「静物」1724年

作者のハイスムは各種類の花が実際に咲いている時しか絵を描かなかったため、制作には1年を費やすこともよくあった。徹底的な写実主義だ。

一見何の変哲もない静物画に見えるが、画家はさまざまな質感の描き分けを見せるべく、色とりどりの花のほか、チョウやハチなどの生き物、水滴、机などさまざまな要素を巧妙に登場させている。

背景には、庭園のような緑豊かな空間が広がり、画面に奥行きを与えている。

接写した様子。まるで写真のごとき水滴の表現。

ヘラルト・ドウ「クラヴィコードを弾く婦人」1665年

レンブラントの弟子として学んだ画家の作品。窓から爽やかな太陽光が差し込み、女性と室内を照らしている。レンブラントは彼にも光の描き方を教えたのだろうか。部屋の奥は暗く、ここにも強い明暗対比が見て取れる。

女性が弾いているクラヴィコードは見た目がピアノに似た鍵盤楽器で、当時はヨーロッパで広く使用されていた。

開けられた部屋の仕切り布は、こちら側(鑑賞者)とこの女性のいる空間をも仕切っている。まるで自分が今、この布を開けて女性に話しかけたような、そんな瞬間がここに収められている。


このレンブラント展が開催されたダリッジ・ピクチャー・ギャラリーは、常設展でも良作をたくさん見られる隠れた名美術館なのだ。

その見どころについては以下の記事で紹介しているので、こちらも併せてぜひお読みいただきたい。

ロンドンの中心から離れ名画をゆったり鑑賞!ダリッジピクチャーギャラリーの魅力


Dulwich Picture Gallery「Rembrandt’s Light」

住所:Gallery Rd, Dulwich, London SE21 7AD

料金:大人16.50ポンド、18〜30歳5ポンド(登録が必要)、18歳未満無料

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