ロンドンの中心から離れ名画をゆったり鑑賞!ダリッジピクチャーギャラリーの魅力

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ロンドンの南、中心部から少し離れたダリッジという地域に、ダリッジ・ピクチャー・ギャラリー(Dulwich Picture Gallery)という美術館がある。

この美術館、以下のような理由のためか、知名度はそこまで高くないし、混雑していることも少ない。

  • 出発地点にもよるが、ロンドン中心部から公共交通機関利用で45分〜1時間くらい
  • ロンドン中心部の大英博物館、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、テート・モダンなどの超有名博物館に比べればこじんまりしていて展示室の数も少ない
  • ロンドンの多くの美術館は常設展が無料だが、ここは有料(9ポンド)

だが、私はこの美術館を、わざわざ時間とお金をかけて何回も見に行くくらい気に入っている。

ここは「まさかこんなところに?」と思うような、巨匠の良作を多く収蔵しているからだ。

絵画専門の美術館で、イギリス、オランダ、イタリア、フランドルの画家の作品を中心に展示している。

アクセスはそこまで便利とは言えないが、その分客数は都心ほど多くなく、ゆったりとした時間を過ごせるのもメリット。都会の喧騒を離れ、じっくり名画を鑑賞するのにおすすめ。ロンドンの中でもお気に入りの、穴場の美術館なのだ。

晴れた日に日光浴をしながらボーッとするのにぴったりな小さな庭もある(写真は冬だけど)。

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ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーについて

このコレクションの前身は、16〜17世紀に活動した俳優兼起業家のエドワード・アレンという人物が1600年代初期に購入したダリッジの土地に建てた学校から始まった。この学校は今でも寄宿学校として運営されている。

彼の死後、彼の絵画コレクションは学校に寄贈され校内ギャラリーに展示された。

しかし、現在見られるコレクションの基盤となったのは、18世紀に活動した画家フランシス・ブルジョワとアートディーラーのノエル・デザンファンが整理していたコレクションだった。これは当時のポーランド王に依頼され収集していた美術品であったという。しかし途中でポーランドが分割されてしまったため依頼者がいなくなってしまい、巡り巡ってこのコレクションは1811年にダリッジの学校に収められることになった。

ブルジョワの遺言でこれらのコレクションを展示するために新しい美術館が作られ、1815年にオープンした。ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの誕生である。その後も美術史上重要な作品がコレクションに追加され、建物も増改築されて今に至る。

この記事では、そんなダリッジ・ピクチャー・ギャラリーの常設展で見られる素晴らしい作品の数々を紹介したい。

ダリッジ・ピクチャー・ギャラリー常設展で見られる名画

イギリス派の画家「ジュド家のメモリアル」1560年頃

奇妙な雰囲気をまとった作品。ジュド家という羊毛商人の一家に捧げられたものだ。男女が手をかける骸骨、その上にある(いつかは消えてしまう)蝋燭は、「生の儚さ」を表している。

ヨーロッパで当時よく描かれたヴァニタス画(死を思い、人生の虚しさを表したモチーフ)の一種といえよう。遺体が安置された台には、「live to die and die to live eternally(生から死へ、死から生へ、永遠に)」と書かれている。

男女の手にはそれぞれ指輪がはめられており、彼らが結婚している夫婦であることを意味する。

また、骸骨の乗る台座には、「The Worde of God hathe knit us twayne and death shall us devide agayne.(神の御言葉が私達を結び、死が再び私達を分かつだろう)」という文が見られ、ジュド家の夫婦の結婚を祝うものとして描かれた作品であることは明らかとされる。だが、婚姻のお祝いにしては結構ダークなモチーフだ、と思ってしまうのは現代の感覚だからだろうか。

ティッツァーノの工房「ヴィーナスとアドニス」1554〜76年

ギャラリー入口に展示されている作品。プラド美術館所蔵の、ヴェネツィア派ティッツァーノの同名作品の模写である。ティッツァーノの工房で作られた作品と見られる。

ギリシャ神話を基にしたモチーフ。人間の美少年アドニスに恋をした愛の女神ヴィーナスが、彼が危険な狩りに行こうとするのを止めようとしている場面。アドニスの足元には猟犬が待機している。

ヴィーナスの抑制を振り払ったアドニスは、この後凶暴な猪を狩ろうとして命を落としてしまう。愛の女神ヴィーナスは、この事態に嘆き悲しみ愛を呪うのだ。

こちらが、プラドにあるティッツァーノの1554年の作品。模写と比べるとクオリティの高さが歴然だ。

それでも、模写バージョンもアドニスの筋骨隆々とした左腕は、ティッツァーノ本人の筆である可能性もあるという。また、空の青やその他の色も経年劣化により褪せているかもしれないとのことで、制作当時は、このプラドのオリジナルのようにより鮮やかな作品だったのかもしれない。

ピーター・ボエル「ハウンド犬の頭部」1660〜65年

犬の頭部を緻密に描いた小型の作品。他の作品のための習作だと考えられているが、習作ですらにじみ出るこのリアリズムと存在感には恐れ入る。

犬を飼ったことのある人ならよりわかると思うが、鼻の冷たく湿った質感や、息遣いの聞こえてきそうな口元、さらりとした毛並みなど、まるで目の前にこの犬がいるかのようだ。

ルーベンスの作品

フランドルの巨匠、ピーテル・ルーベンス(1577年〜1640年)の作品もいくつか展示されている。

「ヴィーナス、マルスとキューピッド」1635年

これは、戦争に対する平和への勝利、憎しみに対する愛の勝利を表した寓意画だ。

愛の女神ヴィーナスが息子のキューピッドに授乳している場面。後ろの男性は軍神マルスで、武器や鎧を体から外している。全体的にふっくらと肉感的なヴィーナスは、優しい顔で我が子を見つめており、慈愛の象徴のようにも思える。

「豊穣の角を抱えるケレスと二人のニンフ」1625〜28年

地母神であり豊穣の神であるケレス(左上)と、ニンフ(女の精霊)たちが果物と植物で満たされた山羊の角(豊穣の角)を持っている場面。

実はこちらは習作で、現在プラド美術館にある同名の作品(↓)のためのものだったようだ。

ケレスとニンフたちはより美しく特徴的に描かれ、猿とオウムが描き加えられている。

習作の方は、実物を見るとよりわかりやすいのだが、この時点でエネルギーに満ちている。豊満な女性の肉体と瑞々しい果物は、生命力と、まさにこの作品のテーマである「豊穣」をいっぱいに表している。

フランドル出身の宮廷画家ヴァン・ダイクの作品

フランドル出身だが、イングランド宮廷と関わりが深かった画家、アンソニー・ヴァン・ダイクの作品も多く見ることができる。イングランドの上流階級で人気となった肖像画家だけあって、人物表現はハッと目を引くものがある。

「聖母子」1630〜32年

幼いキリストと、天を見上げる聖母マリア。暗い背景に赤、青、白の鮮やかな衣服が映える。

キリストのふくふくとした幼児の体、マリアの胸のあたりをつかむ子どもらしい仕草と、まるで何かを見通しているような、子どもにしては鋭い目つきは、リアリズムと聖性が共存しているような雰囲気を醸し出す。

ヴァン・ダイクはルーベンスの弟子であったというが、キリストの体の表現は確かにルーベンスの表現に通じるものがある。

2人とも視線はこちらを向いていないのに妙に視線が惹きつけられる、吸引力のある作品である。

「ジョージ・ディグビー、2代目ブリストル伯爵」1638年

堂々とした伯爵の肖像。暗闇に浮かび上がるような、まるで舞台役者のようなセッティングで格好いい。「ふんぞり返った肖像画」としても知られているらしいが……。

丁寧な筆致で、長い髪の毛、誇らしげな表情、たっぷりとしたローマ時代のローブのような衣服をそれぞれ写実的に描写している。

「サムソンとデリラ」1619年

旧約聖書の一コマを切り取った場面。怪力として知られた古代イスラエルのサムソンは、イスラエルの民を苦しめるペリシテ人を多数殺害した。そんなサムソンがデリラという女性に恋をしたのを逆手にとり、ペリシテ人たちはデリラを使って「サムソンは髪を切られるのが弱点」ということを聞き出す。

この作品には、デリラが自分の膝でサムソンを眠らせ油断させた隙に、男たちが彼の髪を切ろうとしている瞬間が描かれている。

デリラはサムソンを起こさないように「静かに」と人差し指を立て、左奥にはサムソンを捕える兵士たちが待機している。デリラの後ろから、断髪の様子を恐る恐るといったように窺う侍女たちはなかなか人間味があって面白い。

胸をさらけ出してサムソンを誘惑するデリラの白く艶めかしい肌と、超人サムソンのゴツゴツした肉体の対比、それらを包む絹や毛皮、レースなどのさまざまな素材の衣類の表現は、この作品の見所の1つだ。

ピーター・レリーの美男美女

イングランドの主席宮廷画家であったピーター・レリー(1618年〜80年)の作品を、この美術館で初めて見て、一目で気に入った。なんとも美しい男女が描かれていて、その耽美的な雰囲気にくらくらしてしまう。

彼は上記のヴァン・ダイクに続いて、当時のイギリスで名声をあげた画家となった。

「噴水のニンフ」1960年代

少女のような精霊たちが噴水にもたれるようにして平和に眠っている。一番上で寝ている少女の体勢はかなり無理があるように思えるが(寝づらそうだ)、さまざまな角度から女性の体を描写するための構図なのかもしれない。

エロティックな雰囲気ではあるが、ニンフたちの顔は、普通の少女をそのままモデルにしたようなあどけなさがある。

野外、地面の上で衣服もほぼまとわず美しい少女たちが寝ている場面は、何かしらの物語が背景にあるのでは、と思わせる。

「羊飼いの少年」1658〜60年

中性的な雰囲気を持つ、まるで聖人像のような見目麗しい少年。笛と杖を持つ手の線の細さは、羊飼いのイメージとは相反している。

理想的な造形を持つ人物像と、羊飼いという現実的なセッティングのギャップは興味をそそる。

彼の視線は遠くに投げられているが、ここには描かれていない羊の群れを見張っているのだろうか。眠りから目覚めたばかりなのかもしれないし、もしかしたら心ここにあらずで、実際に何かを見ているわけではないのかもしれない。

印象的な聖人たち

カルロ・ドルチ「シエナのカタリナ」1665〜70年

イタリアの聖女であるカタリナは、14世紀に活動した修道女で、7歳の時にキリストの夢を見たという。キリストは宝石の冠といばらの冠を差し出し、彼女はいばらの冠を選んだ。その後、キリスト教に人生を捧げるようになったという言い伝えがある。

その通り、彼女はキリストと同じいばらの冠を身に着けている。伏せられた目から、一粒の涙が赤みのさした頬を流れる。キリストが人間の原罪のために受けた苦痛を嘆き悲しんでいるのだろうか。

ふっくらとした唇、悲しみに歪んだ眉毛、そして一定の角度から差し込む光によって顔にくっきりと現れる陰影は、強い存在感を印象づける。

スペイン派の画家「十字架を運ぶキリスト」1650〜60年代

縦が2m近くある大きい作品。キリストが自分の処刑場所ゴルゴダの丘まで重い十字架を背負って運ばされたという拷問のエピソードに由来するモチーフで、キリスト教絵画ではよく描かれるもの。

太い十字で画面は区切られ、キリストの処刑を嘆く信者たちは画面左側に収められている。

キリストはこの苦難に絶えながら、こちらをまっすぐ見ている。この射抜かれるような視線は強い力を持っており、まるでこちらが動くと後を追ってくるような気がするのだ。敬虔なキリスト教徒であれば、より感情を揺さぶられるに違いない。

カルロ・チニャーニ「懺悔するマグダラのマリア」1685〜90年

キリストの処刑と埋葬を見守っていたという女性信者で、キリスト教の中でも重要度が高い聖女である。キリスト亡き後洞窟に13年間籠もって修行をしたとされ、この作品はその時の様子を表している。

頭蓋骨とマグダラのマリアが作り出すアーチ型の構図は、円形のキャンバスと調和している。
悲しそうに見つめ、そして愛おしそうに手をかける頭蓋骨は死んだキリストのものだろうか。しんとした空間に悲痛な感情が漂う作品だ。

グイド・レーニの「聖セバスチャン」

「聖セバスチャン」1630〜1635年

明暗を使い分けるバロック派でありながら、優美さを持ち合わせた人物像を描くグイド・レーニの作品もあった。イタリアにある彼の別作品「聖セバスチャンの殉教」が色っぽい聖人像として名高いが、この聖セバスチャンも大変色気がある。

聖セバスチャンは、古代ローマの親衛隊で、キリスト教を迫害する者たちによって殺害され後に聖人に列せられた人物だ。

暗く粗野な背景に包まれ顔を歪めて苦痛を表すこの聖人の肉体は、若く、瑞々しく、艶やかである。青白い肌が暗闇に呑まれる様子は、悲劇的でありながら神々しい。「美しい者の死」は、なぜこんなに見る者の心を捉えてしまうのか。

ヴァザーリの「聖家族」

「聖家族」16世紀半ば

今でも世界中で参考にされる「芸術家列伝」を16世紀に著した、美術批評家で画家でもあるジョルジョ・ヴァザーリに帰するとされる作品の1つ。鮮やかな色彩で、幼キリストとその両親である聖母マリアと聖ヨセフ、幼い洗礼者ヨハネとその母エリサベトの5人が描かれている。

実はこの作品、イタリアにあるアンドレア・デル・サルトという画家の「メディチ家聖家族」という作品の模写である。

こちらがフィレンツェにあるオリジナル。こちらはダ・ヴィンチが使用したスフマート(繊細な陰影をつけ柔らかな雰囲気、階調を作り出す技法)の影響が見られ、より柔らかく深みのある表現になっている。

対して、ヴァザーリのバージョンはより硬い表現に見えるが、鮮やかなパキッとした色彩で全体をまとめ上げている。また聖ヨセフの姿もこの家族像の右側に付け加えられている。


ダリッジ・ピクチャー・ギャラリーでは、上記のような作品に加えて他にもさまざまな絵画を見ることができる。

常設展は9部屋しかなく、他の大きな美術館に比べればスペースは限られているが、その分1回の訪問ですべて見て回れる。西洋絵画好き(特にフランドルやオランダ絵画好き)にはぜひおすすめしたい美術館なのだ。

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Dulwich Picture Gallery

住所:Gallery Rd, Dulwich, London SE21 7AD

料金:
特別展(常設展込み)……大人16.50ポンド、18〜30歳5ポンド(登録が必要)、18歳未満無料
常設展のみ……大人9ポンド、18歳未満無料

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