展覧会で見る:イギリス郵便犯罪史と世紀の列車強盗事件

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ロンドン郵便博物館の特別展「The Great Train Robbery: Crime & The Post」(〜2020年4月19日まで)に行ってきた。

イギリスの郵便局の捜査部門の概要および、1963年に起きた「世紀の犯罪」を振り返る展示だった。「The great train robbery」と呼ばれたこの事件は、郵便物を運ぶ貨物列車が強盗一味によって襲われ、260万ポンド(現在の価値で5000万ポンド=この記事執筆時のレートで約66億円)という巨額の現金が奪われたという出来事である。

郵便をめぐる犯罪の歴史はなかなか興味深いものだったので、この記事で紹介していきたいと思う。

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ロンドン警察よりも早く創設された郵便局捜査部門とは

イギリスの郵便制度が誕生したのは、約500年前の1516年のこと。最初は王家だけが使えるものだったが、その後1635年に公共化された。

300年以上前に作られた組織

そして1683年には、郵便局で最初の捜査官が任命された。彼の仕事は、「手紙の盗難やその他郵便における詐欺を暴くこと」であった。

1700年代までイギリスには公的な警察というものは存在せず、この郵便局の捜査部門の方が早くできたことになる。ロンドン警察(Metropolitan police)の創設は1829年と、さらに時代が下ってからのことだ。

1990年代の郵便局安全課のID

職務内容としては、巨額の金が絡む強盗から、殺人、切手の詐欺や偽造など、さまざまな事件を取り扱う。

外部の犯罪者だけでなく郵便局内部の人間についても目を光らせており、この職務には現場検証や聞き取り調査、証拠品の保管、指紋や筆跡鑑定、安全検査、犯罪のパターンを監視する情報分析などの知識やスキルが必要となる。

任務中に命が奪われることも

郵便局強盗に使われた銃 20世紀

捜査官はもちろん、身に危険が及ぶ仕事でもある。
1998年には、行方不明になった郵便物に関して疑いのある郵便局従業員の家に郵便局捜査官3人が訪問した際、従業員が銃を発砲、結果的に1人が重症、1人が死亡したという事件がある。これは、任務遂行中に殺された郵便局捜査官として初めての例だという。

現在でもこの捜査部門の機能は受け継がれ、郵便関係の犯罪を取り締まっている。

郵便物関連で犯罪を起こしたものは拷問や死刑

郵便局関連の最初期の犯罪記録は、1687年に起きたものだ。

当時は郵便を送る側ではなく、受け取る側が郵便料金を払う仕組みだった。そのシステムを利用し、人々に偽の手紙を配達し、郵便料金を受け取っていた男がいた。

この男、自身の犯罪が発覚してからも他人を配達人として雇ってまだ詐欺を続けようとしていたというから、悪質極まりない。前述した「初の郵便局捜査官」がこの犯罪を見つけ、男は公衆の面前でさらし台の刑に処せられた。

さらし台とは、このように手と頭を固定して公の場に晒される拷問である。民衆は、受刑者に食べ物や排泄物、死んだ猫やレンガなどを投げつけたという。その結果、死ぬ受刑者もいた。

他にも、郵便関係で犯罪を犯したものは、熱い鉄で焼印を押したり、他国への追放、投獄などの刑罰が課された。より深刻な犯罪を犯した者には、死刑が適用されることもあった。

郵便物盗難罪で最後の従業員が死刑になったのは1832年

郵便局の従業員が郵便物を盗んだ罪で死刑になった最後の例は、1832年。その5年後には郵便関連の犯罪に対する死刑処罰は廃止され、他の国に7年〜生涯追放という刑罰に置き換えられた。

これからわかるように、殺人ほどの重い罪ではなくても割と簡単に死刑が実行されていたイギリスだが、実は世界の中でもかなり早い段階で死刑を禁止した国でもある。その歴史については姉妹サイトのこの記事をどうぞ。

イギリスに死刑制度はなし。現在の最高刑と死刑の歴史について

「世紀の事件」巨額の電車泥棒事件とは

1963年8月、スコットランドのグラスゴーからイングランドのロンドンまで郵便物を運ぶ貨物列車が、何者かに襲われた。スコットランド銀行から巨額の紙幣を運んでいた便であり、通常より遥かに多い金額が積まれていた。重さ2トン、金額260万ポンド(現在の価値で5000万ポンド)が盗まれたという大事件である。

盗まれた金額のあまりの大きさと、「内部の犯行ではないか」という噂が流れたことで、郵便局は多大なリソースを費して捜査を開始した。この捜査のために膨大な書類が作成され、積み上げると約1.7mにもなったという。

事件はどのようにして起きたのか

この遠距離貨物列車はそのセキュリティの甘さから、強盗の餌食となってしまったようだ。

この列車はスコットランドからロンドンへ向かう途中、午前3時半に赤信号で停止した。本来、この時間、この場所で赤信号が出るはずではなかったという。

この時は58歳の運転手の男性と26歳の助手の男性が乗車していた。助手が列車を降りて信号の管理人に電話をかけに行こうとしたが、電話線が切られていることに気づいた。

いきなり男が飛びかかってきて、口を手で塞ぎ、鼻の下にこん棒を押し付け、「騒いだら殺すぞ」と言ってきたんだ。(助手の証言)

運転手の男性も、強盗の一味が列車に乗り込むのを目撃し捕らえようとしたが、背後から他の男に襲われてしまった。

その後、強盗グループは金を降ろす場所として計画していた地点まで800mほど列車を動かしたという。綿密に計画された犯行だったのだ。

捜査官によって撮影された犯行現場の写真

大金を積んだ車両には、4人の局員とアシスタント捜査官がガードとして配属されていた。しかし、大した抵抗もできず、彼らは強盗らに取り押さえられてしまった。

結局、強盗グループは大金の入った128袋のうち、120袋を強奪し姿を消してしまった。郵便捜査部にこの事件が知らされたのは、犯行開始から約2時間後の午前5時半頃だったという。

シニア捜査官は犯行現場へ急行し、他の捜査官たちもロンドンの郵便局本社に集合した。

盗まれた金に関係した銀行はすぐさま、犯人を見つけた者への賞金として、前代未聞の25万ポンドを発表した。さらに、郵便局総裁は1万ポンドの賞金を追加で発表した。

郵便局総裁が発表した1万ポンドの賞金の告知

この告知には、「犯人の突き止めにつながる確たる情報を提供した者には賞金が支払われる」というようなことが書いてある。

犯人は誰か?

まず最初に捜査官たちが乗り出したのは、内部の犯行がどうかを探る作業だった。犯人は、当該の列車に通常よりずっと多額の金が積まれていたこと、セキュリティの欠如、列車の作りなどを知っていたと見られることから、内部事情を知っている者による犯行である可能性が高かった。

事件から数日で、当時の列車で勤務していた77人の郵便局員全員が取り調べを受け、30人以上が日常生活の監視を受けることとなった。

しかし、こうした捜査の結果、内部の犯行であることを裏付ける証拠は見つからなかったのである。

犯人グループの隠れ家が見つかる

隠れ家として使われた小屋の再現

事件から5日後、2人の警察官が犯行現場から43km離れた農場にある小屋を発見、それが犯人グループの隠れがであることが明らかになった。犯行の2ヶ月前に購入されていたという。

家の周辺と中からは銀行の印がついた空の郵便袋がいくつも見つかり、犯行に使われた車の存在も確認された。

こちらが見つかった郵便袋の実物。「HVP」という赤いマークは、当時高い価値の郵便物を判別するためにつけられていたものである。

小屋の中にはベッドや生活用品が揃っており、棚にはビールや食料が詰まっていた。さらに、犯行後に彼らが遊んだモノポリーセットやその他の品物からは指紋と手のひらの跡が検出され、この小屋の発見は「大きな手がかり」となった。

郵便捜査部門と警察は協力してこれらの証拠を調べ、容疑者リストを作成、犯行から1週間以内には最初の容疑者逮捕が行われた。

犯人のほとんどが逮捕される

この事件に関わっていたのは、情報提供者を含む17人の男で、強奪した金は全員で山分けしたという。

17人のうち11人は20〜30年懲役の重刑を受け、3人は5年以内の懲役を受けたが、2人は懲役中に脱走した(後に再逮捕されている)。また、2人は証拠不十分として有罪にならず、1人は特定に至らなかったという。

犯人たちの写真

左上にいる眼鏡の男性が、この犯罪を率いた首謀者のブルース・レイノルズ。犯行後に妻と息子と共にメキシコに逃亡した。金が尽きた後は偽の個人情報を使ってさまざまな国を転々とした後に、事件から5年後イギリスに戻ってきたところを逮捕された。

10年の懲役刑を受け出所した後も、ドラッグディーラーなどとして活動し再度逮捕されたりしている。犯罪で得た金も尽き、1990年代までには福祉団体の援助を受けて生活するようになっていたという。彼は2013年、81歳で亡くなった。

この「世紀の犯罪」が文化に与えた影響

後に「世紀の犯罪」と呼ばれるようになったこの列車強盗事件は、多くの創作物のインスピレーションとなった。本や映画、テレビ番組、歌、ゲームなどのモチーフとして使われたのだ。

この事件を題材にしたゲームや本

皮肉というべきか慰めというべきか、これらの創作物によって生み出された利益は、1963年にあの列車から盗まれた金額を上回ったという。

この事件を題材にしたレコードや本。上記のレイノルズ含む犯人たちの著作や自叙伝もある。

レイノルズは出所後、同事件をテーマにした映画に俳優として出演したり、亡くなる時には事件から50年を経て出される事件にまつわる本の出版に関わっていたりと、こうした創作物に貢献していた。

文化にまで大きな影響を及ぼしたこの事件は、イギリスの郵便犯罪史で未だに大きなインパクトを残している。

今回の展示では、存在すら知らなかった郵便捜査部門の活動や歴史を知ることができなかなか面白かった。興味のある方は会期中にぜひどうぞ。

この郵便博物館は、郵便の歴史をたどる常設展もとても面白い。レポは以下から。

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郵便博物館The Great Train Robbery: Crime & The Post」(〜2020年4月19日まで)

住所:15-20 Phoenix Pl, London WC1X 0DA

料金(アトラクション+展示):25歳以上……17ポンド、16〜24歳……12ポンド、3〜15歳……10ポンド

※事前オンライン予約だと1ポンド引き。また展示のみのチケットも館内で販売している。

 

 

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