ロンドンには多数の美術館があることで有名だが、あまり知られていない名観光地/美術館もたくさんある。
この記事ではそのうちの1つであるギルドホールと、そのギャラリーについて紹介したい。
約800年の歴史を持つギルドホール
ロンドンのオフィス街であるシティ地区にあるギルドホールは、14世紀から「市役所」的な役割を果たしていたとようだ。Guild hallとは、当時「税金を支払う場所」という意味で使われていたと推測されている。
現在の建物は1411年から建造が始まった。1666年のロンドン大火や戦争など、さまざまな災害を耐え抜き、改修をほどこされながら現在に残っている。
ゴシック様式の美しい建築とインテリアを生かし、メインホール(写真上)は現在パーティーやイベントなどのスペースとして貸し出されている。内部の一般公開は、毎年「Open House」というイベント期間に行われる。
また、現在のシティ地区の議会は、このメインホールのすぐ裏にある現代的な建物で行われている。
メインホールの手前にある広場的なスペースは、その時々で色々なイベントをやっているらしい。
私が行った時は、中学生? のマーチが披露されていて、保護者の人らしき観客も大勢見に来ていた。
地下で発見された古代ローマ時代の円形劇場の遺跡
このギルドホール、古代ローマ時代には、大型の円形劇場(コロッセオ)があった場所なのだ。ギャラリー再建時の1985年、地下からその遺跡が発掘された。
AD43年、ローマ人が今のイギリスに侵攻を開始し、47年までに現在のロンドンの場所に「ロンドニウム」という定住地を作った。もちろんこれがロンドンと言う名の起源である。
アートギャラリーにはラファエル前派の名画がたくさん
ここはラファエル前派の画家の作品が充実している。それ以外にも、耽美な絵画がいろいろあったので、いくつかスポットを当てよう。
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「La Ghirlandata」1873年
タイトルは「花輪をつけた女性」というような意味で、愛と美の象徴とされる。モデルはロセッティのお気に入りだったアレクサ・ワイルディング。
竪琴をひく女性の凛とした眼差しが印象的な作品。女性を囲むのは2人の天使と様々な花。神話画のような空間を持つ、なんとも装飾的な絵画だ。
ジョン・エヴァレット・ミレー「初めての説教(上)」1863年/「2回目の説教(下)」1864年
「オフィーリア」で知られるミレーの作品。
初めてのお説教の時はしっかり聞いているのに、2回目となるとスヤスヤ寝てしまう女の子の対比が面白い。
そしてまたこのテーマを抜きにしても、女の子のあどけない可愛さったらない。
実はこの作品、制作当時から大人気となり、この作品がきっかけでイギリスに「少女画ブーム」が起きたのだという。ミレーは「普遍的に美しい顔を描くなら8歳前後の少女が最適だ」と語ったという。
ミレーの美の価値観が見える作品という意味でも、興味深い傑作。
ポール・ドラローシュ「レディー・ジェーン・グレイの処刑」習作があった!
歴史画で名を馳せたドラローシュの名作の習作。本物より小型だ。習作でもこんなに描き込んでいるのはすごい。
場面は16世紀のロンドン塔。今にも処刑されようとしているまだ15歳の少女、ジェーン・グレイは、9日間というごくわずかな期間だけイギリス女王の座についた女性である。
周りの大人の宗教と権力の争いに巻き込まれ、望んでいなかった女王の地位に祭り上げられたジェーン・グレイ。
9日後、力をつけていたライバルのメアリーが即位を宣言し、ジェーンを逮捕する。7ヵ月後、国王(女王)に逆らったとされる「大逆罪」のもとに斬首された。
この作品に漂うのは、ゾッとするような「冷たさ」だ。絵としては確かに美しいが、美しさよりも、ただただ冷たさが勝っている。少女を非業の死に導いた、運命の非情さを突き付けているような絵だ。
ウィリアム・シェークスピア・バートン「The Wounded Cavalier」1855年
あの大作家、ウイリアム・シェイクスピアと同姓同名の画家だが、違う人物である。この作品は、バートンの作品の中では、同時代に興ったラファエル前派の趣を取り入れた唯一のもの。
17世紀に起きた、清教徒革命の中で起きた内戦の1つ、「イングランド内戦」の場面を描いた作品だ。「イングランド内戦」は王室×議会の対立で、騎士党(王の味方。絶対君主主義)とライバルの円頂党(民主議会派)との争いが起きた。
倒れている男性は騎士党の男性で、ピューリタン(円頂党はピューリタンで構成されていた)の女性に介抱されている。黒い服をまとって聖書を持つ男性は女性の恋人で、ライバルである騎士党の男性を気に掛ける女性に対し不満そうだ。
黒服の男性の眼差し、木に刺さった剣の指す方向、女性の仕草は、鑑賞者の視線を倒れている男性に導く。横たわる男性の生気のない顔、だらりと伸びた四肢など、非常に写実的に描かれた肉体がそこにある。全体のモチーフは演出がかっているのに、表現はリアルなところが面白い。
ここには、違う生き方を選んだ2人の男と、真ん中でその対立を破る女性というなんとも面白い構図があるのだ。
ジョン・コリア「クリュタイムネストラ」1882年
クリュタイムネストラとは、ギリシャ神話に出てくる女性で、その美貌で男たちの争いを引き起こす典型的なファム・ファタールである。結局最後は息子に殺されてしまうのだが。
意思の強そうな、たくましい女性が、この絵には描かれている。この作品を目の前にすると、彼女の存在感に圧倒される。まるでステージの上に突然女優が現れて会場がしんと静まり返ったような、そんな雰囲気をこの絵画は持っている。
ジョン・コリアは、あの甘美な絵画、「ゴディバ夫人」を描いた画家だ。
※参考↓
ジョン・コリアは画面の中で女性像を「演じさせる」ことについて卓越している画家なのだ。
ウィリアム・ロッグスデール「The Ninth of November 1888」1890年
現在のロンドンとあまり変わらないように思う。霧がかった空、雨の多さを象徴するような濡れた地面、イベントを一目見ようと集まる多数の人々。湿気と雑踏のがやがやした雰囲気がにおい立つようだ。
違うのは一般庶民の服装。当時の人々がどんな服を着ていたのか、大判の絵なので細かいところまではっきり見ることができる。よく博物館などで実物が展示されていたり、映画の中で見たりするけれど、こう「背景」として何気なく出てくると、「本当にこんな服装をしていたんだ」「こんな帽子を被ってたんだ」と改めて思う。
ちなみに、このパレードがあった1888年は、売春婦が5人殺されるジャック・ザ・リッパー事件が起き、ロンドン市民が恐怖に打ち震えた年でもある。この絵に描かれた場所は、被害者の1人が殺害された現場から1kmも離れていないところだという。
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このギルドホール、アートギャラリーも含めてシティ地区の散策の時にとってもおすすめ。周りにはパブやレストランも多くある便利なエリアなので、ぜひ観光のルートにいれてもらいたい。
Gulid Hall Art Gallery
住所:Gresham St, London EC2V 7HH
入場無料
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