V&A博物館で見る、1600-1815年ヨーロッパの一級芸術品(後編)

2019年9月11日◆ミュージアムの展覧会, V&A博物館

V&A博物館で見る1600-1815年のヨーロッパの一級芸術品の数々(前編)」に引き続き、V&A博物館の第1〜7室、1600〜1815年のヨーロッパの珠玉の芸術品を見せる展示室を紹介していく。

家具や調度品、彫刻がメインのこの部屋では、無料でヨーロッパの一流作品をたっぷり鑑賞できるので西洋美術好きにはたまらない。

バリエーション豊かな彫刻作品

シモン・トロガー「ソロモンの審判」ドイツ 1741年

旧約聖書に出てくるイスラエル王、ソロモンのエピソードを再現した群像。中央の椅子に座っているのがソロモン王で、右と中央にいる二人の女性の裁きをしている最中である。

同じ家に住んでいた二人の女が同時期に子どもを生み、一人は死んでしまい一人は生き残った。二人とも「生きているのは自分の子どもだ」と主張し、王の裁きを乞うことにしたのだ。

右側の女性は右側手前に横たわる赤ん坊を指差し、我が子だと主張している。

ソロモン王は「その子どもを二つに切り裂いてそれぞれに与えよ」と兵士に命じる。王の前にいる女性は、必死に王を止めているようだ。

兵士がまさに赤ん坊に刃を降ろそうとした時、一方の母親が「もうおやめください、その子はあの女の子どもです、殺すのだけはおやめください」と懇願した。それを聞いた王は「我が子を失うことを恐れたこの女のほうが本当の母親である」と結論づけ、裁きを下した…という話である。

柔らかそうな赤ん坊の体は理想化されていながらも写実的で、見ている方も兵士の腕を止めたくなってしまう。

玉座の上部には、剣と天秤を持つローマ神話の正義の女神ユースティティア(またはギリシャ神話のテミス)の姿が表されている。彼女を取り巻く天使たちは天界からソロモン王の裁きを観察しており、彼の賢さを讃えているようにも見える。

クリストフ・ヴェイリエ「死にゆくアキレス」フランス 1683年

ギリシャ神話の英雄アキレスが急所のアキレス腱を刺されるという、劇的なシーンを捉えた彫刻。健康的な青年の肉体が、激しい痛みによって弓なりに曲がっている。

子どもが尖った刃を踵に刺している。アキレスは子どもの頭を抑えて止めようとしているが、もう遅い。

小さな幼児と筋肉隆々のアキレスの脚の対比は注目に値する。こんなに堂々たる英雄が、こんな小さな、なんでもないような箇所を刺されただけで死んでしまうのだ。

ドミニク・ルフェーブル「パエトンの墜落」フランス 1700〜11年頃

アキレス像の隣にある作品。こちらもギリシャ神話に出てくるパエトンという青年のエピソードを基にした場面だ。大三角形の構図は、大胆なポーズを構成しながらもすっきりとした収まりの良さがある。

太陽神アポロの息子であったパエトンは、本当にアポロの息子であるかを疑われ、それを証明するためにアポロの太陽の馬車を借りて駆けることにした。しかし操縦が難しい馬車は暴走してしまい、地上の至るところに火災を起こしてしまう。

やむなく最高神ユピテルは彼を撃ち落とし、それにより地上の災害は収まった…という話である。この作品は、ちょうどパエトンが撃ち落とされたところを表している。体の下には、一緒に墜落した馬車の椅子部分が見える。

倒れたパエトンの、この美しい横顔。頭には後光がさしているが、薄く開かれた口が、もう彼の意識がなくなってしまったことを示す。

プライドをかけて自身の出自を証明しようと思ったのに、逆に悲劇を生んでしまった。土台の波紋のようなパターンは、パエトンがエーリダノスという名の川に落ちた伝説から来ているのだろう。

ヨアヒム・ヘンネ「死(鼓手)」ドイツ 1670〜80年 

死の擬人化は「メメント・モリ(死を思え)」の思想を表すため西洋美術でよく登場するモチーフだが、たいていは骸骨で表される。このようにガリガリに痩せた人体での表現(顔は骸骨だが)は珍しいように思う。骸骨だと透かし彫りのようになってしまい大変だからだろうか…。

人体の動きに沿って動くそれぞれの筋肉、また空中に軽やかになびく衣類の表現は秀逸だ。「死」なのに、こんなに動きと生命感を感じることに矛盾のような可笑しみを覚える。

この「死」は、太鼓を叩くためのバチを持ち「死の踊り」のための演奏をしているようだ。

「メメント・モリ」は、性別や年齢、地位に関係なく、すべての人は死にゆくことを忘れないようにしなさい、という意味が込められたメッセージだが、この彫刻はややユーモラスに、軽やかにそれを伝えてくる。

作者不明 木の幹から作られた牛の頭 イタリア 1650〜1700年

他の展示品と比べて異質なこの作品、木の幹に異様に大きな牛の頭の彫像が乗っている。体の部分はマフラーを巻いて二本脚で立つポーズになっている。

大理石でできた頭部が本物の牛と見紛うほどリアルなだけに、体とのギャップが大きい。

頭からは木でできた脳みそのようなものが覗いている。これは頭部にできた骨腫(骨の腫瘍)を表したものとされる。当時は、牛の脳みそが化石化、または石化したものだと考えられていた。

この作品には面白い仮説がある。この作品が制作されたイタリアのパドヴァという場所では、1670年に屠殺した牛の頭から骨腫が見つかっている。まだ知られていなかった骨腫の発見は、センセーションを巻き起こし大いに話題となった。

この作品はその事件を基に作られた可能性があるという。

生々しいキリスト教彫刻

パウル・ヘルマン「磔刑」ドイツ 1700〜30年

象牙製のキリスト磔刑像。細くやつれた姿のキリストだが、そのナチュラルな造形と、スムーズな質感は思わず手で触れたくなってしまうほど。

白いキリスト像が華やかな装飾を持つ木製の十字架(後世に追加されたもの)によく映える。

特に感服したのが、この脚の表現だ。

膝の骨のゴツゴツとした様子、ふくらはぎの筋肉の盛り上がり、そして滑らかな線を描く脚の先の、やや縮こまった指。これらが、見惚れてしまうほどこだわって彫り抜かれている。

キリスト磔刑像 スペインまたはフィリピン 1650年頃

もう一つ、よりドラマティックなキリスト像を紹介しよう。こちらは流血していて、血もかなりリアルなのでややグロテスクというか、怖い。

この血の一粒一粒には、作者(不明)の一種の執念さえこもっているように感じられる。この表現は、人間の罪を背負ったキリストの苦しみを強調し、自分たちのためにキリストが犠牲になったという観念を思い出させるものだ。

敬虔なカトリック国であるからだろうか、スペインではこうした生々しく血を流すキリストをよく見る。

ホセ・デ・モーラ「悲しみの聖母」スペイン 1680〜1700年

なんとも存在感のあるマリアの胸像を発見した。視線を伏せた目の周囲は赤くなっていて、今まで泣いていたような、そんな悲壮な雰囲気が現れている。

青い衣服に包まれた、綺麗な造形を持つ女性。唇の膨らみや頬の赤み、髪の毛の巻き具合など、まるで本物の人間を目の前にしているようだ。

豪華な素材をふんだんに使用した工芸品

キャビネット 南オランダ(現在のベルギー)1650〜60年

鮮やかな赤色が目を引くキャビネット。タイマイという亀の甲羅(いわゆるべっ甲)と黒壇を用いて作られている。亀はカリブ海周辺から輸入されたものだと考えられている。当時のヨーロッパ人にはエキゾチックでラグジュアリーな素材として映ったのだろう。

キャビネット 1600年頃 イタリア

建築物をそのまま再現したような空間を内部に持つキャビネット。複雑な構造の中に、なんと77もの引き出しが隠れている。

扉に、引き出しに、柱に、壁に、至るところに古代ローマ将軍カエサルにまつわるシーンが描かれている。柱に描かれた絵は、かなり近づかないと見えないほど細かい。

Hans Bregthel 時計 オランダ 1665〜70年

360℃金銀細工で覆われた豪華絢爛な時計。ヨーロッパでは、蒸気機関車が発明される18世紀後半までは、時計は技術の結晶であると見られていた。

この時計は誰かの所有物ではなく、金細工工房の中で発見された。おそらく、職人が自らの技術を誇示するために作ったのだろうと見られている。

持っている技術を最大限に注ぎ込んだのがこの作品なのだろう。時計盤のあるスペースには、4面とも時間を表すモチーフの装飾が施されている。ここには、砂時計を持つ天使が二人。

そして何より、きらびやかな雰囲気に押されて見逃してはいけないのが、時計全体を覆う草花文様の透かし彫りだ。繊細な葉や茎を一本一本掘り出すその技巧はあまりにもすさまじく、言葉を失ってしまう。

貴重品箱 日本 1590〜1625年

日本で制作された、光り輝く螺鈿の宝箱。当時、西洋では漆や螺鈿を用いた作品が大変人気であり、数多くの芸術品が輸入された。この規則的に大量の真珠層を使用した作品は、日本では好まれなかったため(確かに、このギラギラ感は侘び寂びとは程遠い)主に輸入用にデザインされたものだという。

まるで絵に描いたような「宝箱」で、当時の富裕層の趣味が垣間見られるようだ。


前後編にわたり紹介してきたこの展示室、V&A博物館ではぜひ訪れたい部屋の一つ。

広いため一気に見ることはなかなか難しいかもしれないが、ぜひこの記事を参考に自分好みの作品を探してみてほしい。


V&A博物館

住所:Cromwell Rd, Knightsbridge, London SW7 2RL

入場無料

その他、V&A博物館の展示レポはこちらから。

2019年9月11日◆ミュージアムの展覧会, V&A博物館

Posted by Sara