V&A博物館の常設展示室2階(日本でいう3階)には、西洋諸国のステンドグラスをコレクションした部屋がある。
この第83・84展示室「Sacred Silver & Stained Glass」には、さまざまなスタイルを持つ色鮮やかなステンドグラスと共に、キリスト教、ユダヤ教などの儀式に使われた銀細工の道具が展示されている。
この記事では、その中でも見ごたえあるステンドグラスに絞って紹介、解説しよう。
ぜひ実際に訪れてほしい部屋。その理由は……
この部屋は、できれば実際に足を運んでほしい場所。
なぜなら、ステンドグラスの多くが窓際に展示されているので、天気の良い日は太陽光が実際にガラスを通って射し込み、一層カラフルに部屋を照らし出すからだ。
色彩に包まれた空間は美しく、神秘的ですらある。この空気感は、実際にその場にいないと味わえない。
では、さっそく各展示品を紹介していこう。
西洋世界で重要な役割を持っていたステンドグラス
中世から、ステンドグラスは宗教的建築物、またそうでない建築物の室内を飾るものとして重要な役割を果たすようになった。
ガラスの技術が発達するにつれ窓にはステンドグラスが使われるようになっていき、時には壁画や彫刻にとって代わったりもした。
パリのサン=ドニ大聖堂にあった、この展示室で最古のステンドグラス。ステンドグラスがヨーロッパで初めて文献に登場するのは5世紀と言われているが、具象的なモチーフを持つステンドグラスが広く使われるようになったのは1100年代半ばからだという。
このグラスは、花びらやリボンが絡み合ってパターンを構成し、鮮やかな色で構成されていて目を引いた。この時代はまだ、使える色が限られていたという。
こちらもサン=ドニ大聖堂のものだが、少し時代が下った時のもの。中央に女性の顔が描かれたデザインになっている。グリザイユとは黒、灰色や茶色を主に使用して描かれたモノクロ―ム絵画のこと。
ステンドグラスでは透明のガラスにそれらの色だけで描いたものをグリザイユといい、太陽光をより室内に取り入れられ、また大きな窓も費用を抑えて装飾できることから、ヨーロッパで1200年頃に人気を集めた。
ドイツのヴィルネブルクという地域の貴族が持つ紋章をモチーフとししたもの。
盾形の紋章を道化のような男性が抱えているというおかしなスタイルだ。この男性が何者であるかはわかっていないという。
中央のキリストを囲んで聖母マリア、洗礼者ヨハネがひざまずく図。上方では赤い天使たちが終末を知らせるラッパを吹いている。これから、すべての死者はキリストによる裁きをうけ、永遠の命を与えられるか地獄に落ちるかが決まるのだ。
このガラスは教会の一番上方の窓に嵌められていたとされる。光が差し込めば、まさに天にまばゆく光るキリストが出現したような感覚を見る者に与えたかもしれない。
処女の侍女たちと巡礼中に殺害されたとされる聖ウルスラのステンドグラス。ウルスラは彼女が殺された武器である矢を手に持っている。
小さく描かれた女性たちは侍女で、伝説では1万1000人いたとされるが、彼女らも全員虐殺された。ドイツのケルンに向かう道中で殺されたとされ、ケルンで篤く信仰されている。このガラスも、ケルンの教会に飾られていたものである。
荒野の中で祈りを捧げる洗礼者ヨハネ。ライオンや鹿、馬など野生の動物たちに囲まれている。
右下には、悪魔がぎゅうぎゅう詰めになった一角がある。これはどうやら穴埋め的に嵌められたモチーフであるようだ。
青地に剣や冠などが描かれた興味をそそるモチーフ。上に骸骨が描かれており、これは教会、また聖職者ではない人々に対する死の勝利を表す。つまり、死は誰の元にもやってくることを思い出させるものである。
左は聖職者以外の人々の象徴で、兵士が使う剣や兜、王族の冠、労働者が使う鋤などが表されている。右は教会の象徴で、司教の冠や聖具が描かれている。
1500年代前半のオランダでは、このような小円形のステンドグラスが多く作られた。着色したガラスを組み合わせるのではなく、一片の円形ガラスにエナメル絵具で絵を描いていく方式だ。
これはミサを行うローマ教皇グレゴリウス1世の前にキリストが現れるという奇跡の場面である。よく見ると、キリストが胸の傷跡から血を噴出させてグレゴリウス1世の前の杯に注ぎ込んでいる。結構シュールに見えるが、この血がワインに変わったという伝説が残っている。
キリストが弟子たちと共に最後の晩餐を行う場面。画面全体の中央で座る人物がキリスト、その手前でこちらに背を向けるのがユダだ。手には、キリストに見えない位置でキリストを売った時に受け取った銅貨の入った袋を持っている。
こうしたステンドグラスは、当時多くいた文字を読めない人々に、キリストの生涯や聖書の教えを絵で教えるために作られた面もあった。
絵画のようなステンドグラス
16世紀、ステンドグラスの技術は急速に発展した。
これまでは着色したガラスを組み合わせて柄や像を作っていたが、この時代になるとガラスの繋ぎ目を考慮した絵ではなく、ガラスの表面をキャンバスのようにして直接絵を描くことができるようになった。
版画をモチーフを模倣したステンドグラス。男性たちの隆々とした筋肉の生々しささえ伝える、細部までよく描きこまれた作品だ。右上の建物の壁部分は、光の当たる部分が白い細線で表され、言われなければ本当に絵画のようである。
見た途端、「これがガラスだなんて!」と驚嘆した作品。できるだけ近くまで寄ってみたら、繊細に着彩されていることがよくわかった。縦約25cmと割と小さめのサイズなのだが、文字もはっきりと判別できる(ドイツ語なので何が書かれているかはわからないが……)。
風景画家として人気だったコリンズのステンドグラス作品。白い建造物を背景に、さまざまなパステルカラーの服をまとう人々の姿が柔らかく浮かび上がる。
1700年代の終わりまでに古い技法は大分忘れられ、特にドイツとイギリスではガラスに絵を描く方法が主にとられた。
ハープを持ったイスラエルの王ダヴィデが天を仰いでいる。
この作品で真っ先に印象に残るのは、真っ黒な背景だろう。私の感想に過ぎないが、光を室内に通すはずのステンドグラスが黒く塗りつぶされているのは、目的が変容しこれが完全に絵画化してしまったことを思わせる。
この作品は壁側にかかっているため、実際に太陽光が射したらどうなるのかは見られなかった。
19世紀には、中世のスタイルに注目が集まりリバイバルが起きた。
このジョーンズによる作品も、そのうちの一つだ。直前まで見てきた絵画のようなスタイルではなく、中世時代のガラスを組み合わせたスタイルに近く見える。
ラファエル前派となる前の彼の最初期の作品だが、ここにはすでに後のジョーンズのスタイルとなる装飾性や、衣服の細かなひだの表現が見られる。特徴のある人物の顔表現、「ジョーンズ顔(私が勝手に心の中で命名)」もすでに登場している。
現代のイラストとしても通用しそうなこの作品も、中世リバイバルの例である。ドラゴンがマスコットのようでちょっと可愛い。
人物が等身大の大きなステンドグラスの、縮小版。グリザイユをベースに、センスの良い緑と青の使い方が洒脱な印象を与える。
聖人が手に持っている街のジオラマのようなものは、教会の模型である。
派手に輝くキリストのステンドグラス
展示室を見回っていると、ほぼ最後の方で、キラキラとジュエリーのように輝く巨大なステンドグラスが突然現れた。なんだかすごいものを見てしまったような気がして、しばしそこから透ける光を眺めていた。
とても縦長の作品で、キリストが人類への愛を象徴する心臓を手に掲げているところが描かれている。約100年前に作られたものだ。
心臓はキリストの胸のところで、発光したかのように赤く光る。上部には、彼の受難を思わせる磔刑図が描かれる。周囲の文様は、さまざまな色が絡み合うリボンのような、ビーズのような装飾を作り出しており、なんだか魔術的な雰囲気もある。
このガラスの作者であるハリー・クラークは、20世紀最高のステンドグラス作家の一人で、中世のステンドグラスを学ぶためにヨーロッパを周ったという。
特に、フランスのゴシック建築最高峰と称されるシャルトル大聖堂内の12世紀に制作されたステンドグラスに強い影響を受け、この作品の色遣いもそれらに似ているとされる。
こうして見ていくと、やはりステンドグラスの基礎は中世に確立され、それを基に今に続く技法やスタイルが生まれてきたのだ。
この展示室では、700年や800年も前のステンドグラスが、外からの光を受けていまだ美しく輝く姿を見ることができる。上階にあるため人も少なく、隠れたおすすめスポットなのだ。
V&A博物館に行った際は、立ち寄るのをお忘れなく。
V&A博物館 第83・84展示室
住所:Cromwell Rd, Knightsbridge, London SW7 2RL
入場無料
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