大英博物館の膨大なコレクションの中から厳選した「反体制」アートを集めた特別展「I object」展(~2019年1月20日まで)に行ってきた。
これらの展示品を選んだのは、雑誌「プライベート・アイ」の編集者であり、テレビやラジオでも活躍するイギリスのジャーナリスト、イアン・ヒスロップ。
政府や権力、他国の脅威などに反発したり、揶揄したりする表現を取り入れた作品ばかりを紹介するという珍しい展示だ。
会場内は特別展には珍しく撮影可。興味深い作品が多かったので、特に面白かったものをここで紹介していきたい。古代~現代のものまで幅広い作品があったが、この記事では古代作品の割合が多くなっている。
※当記事内の画像のクレジットは© The Trustees of the British Museum
神や王への冒涜
性行為中の人物像を書いた石片。ファラオの墓の建設に従事していた作業者が書いたもので、現地のゴミ捨て場から発掘された。
休憩中に暇つぶしに、または遊びでこんなイラストを描いたのだろうか。王の墓建設は当時としては一大建築計画であり、神聖なものであったはずだが、そんな神聖さもなんのその。実際の工事作業者は今の私たちとだいぶ感覚が近いようだ。
また、古代エジプトではファラオが太陽神ホルスの化身であると信じられていた。上のようなホルス像(ファラオ像)は、神官や上流階級の人々が聖所内で使用していたものだ。
不躾ではあるが、上の像の男性器に注目していただきたい。その後、下の画像をご覧いただきたい。
こちらも同じ神の像である。が、巨大な男性器を持つ(もはや抱えている)姿で表されている。これらの像は、一般家庭において、家の中で使用されていたものや、祭りの最中にナイル川に投げ込まれたものだ。
豊穣を願って男性器を強調する表現はエジプトだけでなく世界各地で見られるもので、これ自体は珍しくない。
だが、神官用の像は慎ましい表現をされているのを見ると、やはりこの巨大な男性器は「オフィシャル」には認められていなかったのだろう。上流階級と一般人の意識の差が顕著に見て取れる例である。
オリジナルの盾は、女神アテナの像が持っていたものとされる。これは後の古代ローマ時代に模倣されたコピーである。
アマゾネス(ギリシャ神話に出てくる女性だけの部族)と戦う兵士たちが描かれているが、ライトが当たっている人物は、実はこの彫刻の作成者である彫刻家ペイディアスだとされている。自分自身を神話に登場させてしまったのだ。
このペイディアスは、かのパルテノン神殿の建設総監督であったという、有能な建築家である。彼は世界一の神殿を作り上げたにもかかわらず、神への信仰は薄かったようだ。
神話を本気で信仰することが普通であった当時、自身を神と同列に扱う(神話に自分を登場させる)ことは大変恐れ多いことで、うぬぼれや反抗とみなされた。
ペイディアスはもちろんばれないようにこっそりとこれを彫ったのだが、伝説によれば、彼に嫉妬した同僚が裏切りこれをばらし、投獄され死んだ、もしくは亡命を余儀なくされたと言われている。
新バビロニア王国の王、ネブカドネザル2世の建設事業に使われたレンガの一部。中央に王の名前が彫られているが、この伝統を揶揄するかのように、工事現場で働くれんが職人が、右上に自分の名前を彫ってある。
「この建物を実際に作ってるのは王様じゃなくて自分だぜ!」と主張したかったのだろうか。
国王ルイ・フィリップ1世の即位後、王の風刺する新聞を創刊した風刺画家フィリポンは、裁判にかけられた。なんと彼はその裁判中にこの絵を描き上げた。王の顔が洋ナシに似ていることを表した作品である。
そして、「このように王の顔が洋ナシに似ているのであるならば、すべての洋ナシも告訴するべきですな」と述べたという。彼は裁判に負けたが、「ルイ・フィリップ1世=洋ナシ」のイメージは消えるどころか一気に広まった。多くの媒体が似た風刺画を出し、またパリを中心に王を洋ナシにたとえたグラフィティが至る所で描かれたという。
Heave ho!とは、物を引っ張る時などに出す、よいしょ! というような掛け声である。
この絵が何を指すかは、もうおわかりであろう。
ちなみに、フランス語で洋ナシ(poire)は、もう1つの意味があるという。「馬鹿者」だ。
「敵のリーダーの首」は重要なシンボル
ローマ帝国の初代皇帝、アウグストゥスの彫像の頭部分。アウグストゥスは当時エジプトを含んだ地中海全域を統治していた。
紀元前25~24年、スーダンからクシュ人がエジプトに攻めてきた。その際、彼らは彫像からこの頭部をもぎとり、はるか南のメロエの街まで頭部を運んだ。彼らはメロエに遷都し、この頭を「勝利の神殿」の入口に埋めた。
敵国のリーダーの頭を埋めるという行為は、敵国への冒涜を意味する。だが皮肉にも、地中に埋められたおかげで、この頭部は大きな破損を免れ、今こうして私たちが目にできるまで生きながらえたのである。
顔、頭は人間の体の中でも特に重要な意味を持っている。そして昔から、どの文化でも「首をとる」ことは、「勝利」を意味する強烈な意味合いを持っていた。
ヒンドゥー教の破壊の女神、カーリーを描いたもの。シヴァ神の妻、 パールヴァティとも同一視される神で、青い肌に4本の腕、3つの目を持つ異形の姿が特徴である。頭を複数持つ姿で描かれることもある。
彼女が首に巻いているのは、「自我の死」を意味する、多数の生首。また、彼女が踏みつけているのは夫のシヴァであるとされる。ちなみに、カーリーが舌を出しているのは、踊っている最中に勢い余って夫を踏みつけてしまい、それを他の者に見られ恥ずかしがっているからだという。やっていることは凶暴だけれど、ちょっと可愛いかも……?
解説によれば、この生首にされた頭部の肌、髭などをよく見てみると、明らかにヨーロッパ人を表しているという。この作品が作られた当時、インドではイギリス統治が始まったばかりであった。これは、インド側の西洋への反発であったのだろう。
実際、植民地政府はこの種の表現を反乱とみなし、抑止しようとした。
揶揄といたずら
古代ギリシアのアリストパネスが手がけたギリシア喜劇「雲」に出てくる、ソクラテスを演じる俳優を彫った作品。この作品ができる100年ほど前に生きていたソクラテスは、賢者として崇められる一方で、彼に無知を指摘された人々から憎まれ、反発者も多かった。その中には政治的権力者もおり、彼らはソクラテスの思想は政治的な脅威だと考えていたのだ。
ソクラテスと同時代に生きていたアリストパネスは「雲」の中で、ソクラテスを怪しい人物として描き、大衆にそのイメージを広めようとしたのだった。
アッシリア時代の女性の彫像。当時のアッシリアの美の基準からすると、この作品は「醜い」外観なのだという。中アッシリア王国時代のアッシリアの王、アッシュール・ベル・カラの命によって制作された作品で、背後に文字が刻んであるという。
このトゲトゲとした楔形文字がそれである。これによると、王は「人々の反応を見るために」これを作らせたという。つまり、わざと醜い像を作ったというのだ。また、「この像を撤去した者は蛇に噛まれる」という、冗談の呪いまでご丁寧に記してある。
誰をからかったものなのか、またその理由は明らかになっていないが、「王が何らかの理由で地位のある高級娼婦に対して恨みを抱いており、仕返しをしたツールかもしれない」とキャプションにはあった。
バンクシーが勝手に博物館内に設置していった作品も
2005年にバンクシーが大英博物館内に許可なしで勝手に設置していった作品も見ることができた。買い物カートらしき人間と槍で捕えられた獣が描かれた壁画の欠片である。
偽の作品番号が載ったそれらしいキャプション付きのこの「壁画」は、3日間誰にも気づかれなかった。しかも、バンクシーの公式ウェブサイトでネタばらしがあったおかげで博物館側が気づいたというから、擬態力はかなりのもの。
本来なら「自分の作品を所蔵してもらう」立場である博物館(しかも世界最高峰レベルの博物館)を「おちょくる」ことに見事成功したのだった。そして実際に大英博物館はこの作品を収容することとなった。
バンクシーが用意した偽のキャプションには、こう書かれている。
「良好な保存状態のこの作品は、カタトニア(緊張病)時代後の原始芸術であり、初期人類が集落の外への狩猟場に向かっているところを描いたものである。作者はバンクシームス・マキシムスという名で、南東イングランドのあちこちに作品を作り出していることで知られるが、それ以外のことはほぼ不明である。この種の芸術はほとんどが現存していない。芸術的、歴史的価値を理解できない役所が次々と破壊していったからだ。」
大英博物館 「I object」展(~2019年1月20日まで)
住所:Great Russell St, Bloomsbury, London WC1B 3DG
料金:大人12ポンド~
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