ロンドン・ナショナル・ギャラリーで開催が始まった特別展「Mantegna and Bellini」(~2019年1月27日まで)に行ってきた。
アンドレア・マンテーニャ(1431年~1506年)と、ジョヴァンニ・ベッリーニ(1430年頃~1516年)という、ルネサンスの北イタリアを代表する2人にフォーカスを当てた展覧会だ。彼らはお互い密に影響を与え合ったペアであった。
時に似通い、時に相手のアイデアを取り込みながら独自の方向性を発展させていった2人の作品を、比較しながらたっぷりと堪能できる展示であった。
義兄弟となったマンテーニャとベッリーニ
ほぼ同じ年のこの2人の出自は、全く異なるものであった。ベッリーニはヴェネツィアの画家一族として知られる家に生まれ、父のヤーコポ・ベッリーニも有名な画家であり、小さいころから芸術に触れる彼は自然と画家への道を歩んだのである。
一方、マンテーニャはそのような家系ではなかった。ヴェネツィアに近いパドヴァという街に生まれ、画家フランチェスコ・スクァルチォーネによって専門的な美術の道へ目を開かされていった。
1453年、マンテーニャはベッリーニの姉ニコロシアと結婚した。ベッリーニとマンテーニャは義兄弟となり、公私ともに親しい間柄となったのである。
マンテーニャは、このキリストの絵で有名だろう(この展示ではこの作品は見られない)。
短縮法と呼ばれる遠近法の一種を使っている画期的な作品だ。短縮法とは、人物を頭や足元から見た構図で描くもので、極端に縮まった人体表現が特徴である。
この展示では、この短縮法を使用したマンテーニャの他の作品および、ベッリーニがこの技法をマンテーニャから取り入れた作品も見ることができる。
ベッリーニ初期の作品はマンテーニャと大変似ている
ベッリーニはマンテーニャのアトリエに足繁く通い、その技法やアイデアを学んでいた。そのため、ベッリーニの初期の作品はマンテーニャの作品に大変よく似ている。
幼子イエスを支えるマリアと聖シメオン。中央の男性は洗礼者ヨハネである。シメオンの髭の表現を見てもらいたい。間近に寄って見てみても、一本一本乱れのない筆致で丁寧に描かれていることがわかる。人物の顔や肌の手の滑らかさ、材質の異なる衣服に至るまで、繊細な表現が見事だ。
一番右の男性はマンテーニャ自身、一番左の女性は彼の妻、つまりベッリーニの姉だと言われている。彼らに子どもが誕生したことを祝って制作された作品の可能性がある。
こちらは全く同じモチーフ、構図のベッリーニの作である。なぜ彼がこの模写のような作品を作ったか、理由はわかっていない。よりカラフルな印象だが、手や髭などの細部の描き込みはマンテーニャほどではない。また、聖人たちの後光もなくなっている。
登場人物が2人、増えている。特に目を引くのは、強い視線をこちらに投げかける右端の男性である。メッセージ性がありそうだが、この人物が誰かは不明だという。
マンテーニャとベッリーニの作風の違い
2人はモチーフや構図、表現などを共有していたが、徐々にそれぞれが独自性を発達させていった。似た構図やモチーフの作品を比較すると、作風の違いがよくわかる。
マンテーニャは、全体的に硬い質感、強い抑揚の背景、物語的な雰囲気を持つこと、ベッリーニはそれに比べより柔らかい質感で丸みを帯びた形態、空気感、明るい配色を持つことが特徴である。
この展示では、多くの作品を比較して鑑賞できる。
「ゲツセマネの祈り」は、キリスト教絵画で人気の主題で、キリストが磔刑に処せられる前夜を描いたもの。キリストが磔刑を受ける苦しみについて祈る間、弟子たちに起きているように命ずるのだが、弟子たちは悲しみのあまり眠ってしまい、後からキリストに怒られるというエピソードがある。
前景は、祈るキリストと、眠ってしまった弟子たち。弟子たちの体には短縮法が使われている。そして後ろからは、ユダがローマ兵を率いてキリストを捕えにくる場面が描かれている。
背景はかなり騒がしい。急カーブの道と、切り立った崖、街が大きく描かれ、ぎゅっと画面の中にさまざまな要素が凝縮しているように見える。
こちらは同じ主題の、ベッリーニの作品。マンテーニャのものに比べると、広々とした空間が広がっており、ゆったりとした空気が漂う。丘や街はより遠くに描かれている。
眠る弟子にやはり短縮法が使われている。全体的に明るい色で、色合いや人物表現もやや柔らかくなっている。
マンテーニャの作品はこれから起こるドラマティックな出来事を予兆させる激しさ、厳しさを持っているが、ベッリーニの作品はより穏やかで、希望すら表れているような作風である。
キリストが磔にされている場面を描いた磔刑図。細密でドラマティックな表現である。左側には黒と赤の服に身を包んだ悲しみにくれるマリア、右側にはボードゲームで遊んでキリストたちには目もくれない兵士たちがいる。この様子はそれぞれの側のストーリーも想像させる。
後景には崖と巨大な街が見え、多くの人が磔刑場にやってくる様子が見える。
1つの作品の中に、大変広い空間と、膨大な情報量が収められ、前後の時の流れも感じさせる。
一方で、ベッリーニの磔刑図はこちら。登場人物はキリストとマリア、ヨハネの3人のみで、彼らを全面にバーンと見せるシンプルな構図である。背景は奥行ある空間となっているが、全体的に荒涼とした寂しい雰囲気が広がる。
キリストの体を見ると特にわかりやすいが、マンテーニャよりも人物の体の質感、色、描き込み方が丸みがあって柔らかい。
ベッリーニの傑作
この展示、とにかく数多くの両者の作品を鑑賞できる見ごたえのある展示なのだが、その中でも特に素晴らしいと感じた作品を独断で紹介していきたい。
まずはベッリーニの作品から。
ベッリーニのピエタは、ミラノのブレノ美術館にあるもう1つのバージョンの方が有名だが……。これはかなり大型の作品で、マリアとヨハネが磔から降ろされたキリストを棺に収めようとしており、横では聖マルコと聖ニコラオスが祈りを捧げている様子が描かれている。
この作品は見た瞬間に鳥肌が立った。磔刑から降ろされたイエスに縋るマリアの、絶叫が聞こえるような気がした。
死んだキリストのもはや骸骨のような顔と、白くなった体、そしてマリアの感情的な表情が悲壮さを醸しだし、展示室の空間を支配するような迫力がある。かなり暗い雰囲気の作品である。
この作品は、より多くの人に見てほしい。
ベッリーニ後期の作品。モノクロームなのを差し置いても、上のピエタに比べると随分と表現が柔らかくなっているのがわかる。使用している技法は(おそらく)卵テンペラだという。
実際に見るとわかるが、人物像が静かな「空気」に包まれており、ベッリーニは空気までものにしたのか、と驚いた。
天使が少年でも少女でもあるような、中世的な雰囲気でとても可愛い。翼も鳥の羽のようなカラフルなものだ。天使たちの若く柔らかな肌の質感と、艶々とした髪を見ていると、実際のモデルがいるようにも思えてくる。
傷口から流れた血の跡がついたキリストの体は、とても生々しいがいくぶん健康的(青白くなったり、極度にやせ細っていないという意味で)で、顔も穏やかに見える。
この作品は、彼より少し前に活躍したイタリアの名彫刻家、ドナテッロの影響を大きく受けたとされている。
このドナテッロの作品も今回の展示に出ている。ベッリーニはこれを参考に上の作品を製作したようである。
信じられないほどの超絶技巧で制作された浮き彫りである。やや深めに彫られたキリストの顔と、2人の天使は、その翼の表現からキリストの腕に浮き出た血管まで、どこを見ても精巧な表現でもって表されている。
後ろにいる天使たちはごく浅い浮き彫りで、大変繊細に彫られている。こちらの天使たちは悲しみにくれているが、ベッリーニは自分の作品では随分と明るい雰囲気に変えたようである。
幼子イエスの体はぷくぷくとしていて愛らしい。前面にマリアの体が大三角形を作り出す構図で、後景には放歌的な風景が描かれている。建物から木々の葉まで非常に細密に描き込まれており、聖母の青と赤の衣服を引き立てるような色合いだ。
この16年後に、ラファエロがかの有名な「ベルヴェデーレの聖母(牧場の聖母)」(1506年)↓を世に出すが、この作品はその前身のような構図、雰囲気である。
こちらは、もともとロンドン・ナショナル・ギャラリーの常設展で見ていて大好きな作品。
ヴェネツィアの国家元首、レオナルド・ロレダンの肖像画で、ベッリーニ70歳の時の成熟した作品である。顔や衣服の陰影から、画面左側から光が当たっていることがわかる。
この滑らかな衣服の表現を見ていただきたい。美しい文様に、手触りが想像できるほど洗練された織物の感触が描写されている。
マンテーニャの傑作
マンテーニャの古典(古代ギリシャ、古代ローマ)趣味と知識がよく表れた作品。ローマ軍人のバスティアヌスは、キリスト教信者であったために迫害され、矢で処刑され殉教した後、聖人となった人物である。
もうこれ以上描き込めないのでは? と思うほどの密度で、画面全体、人体から建築物、背景まで描かれている。特にセバスティアヌスが縛り付けられている柱は実物にしか見えないほどだ。
彼の足元に散らばる古代の神々の彫像は、キリスト教の(古代ローマの)多神教への勝利、そしてマンテーニャの博学を表している。また、柱の後ろに彫られている文字は、古代ギリシャ文字によるマンテーニャの署名である。
今回の展示で一番謎に満ちていた作品である。実際、解釈はわかれており、全容は判明していないらしい。
ここは徳の庭。池では、「不徳」たちが遊んでいる。
左側から駆けてくるのは、その不徳を追い出そうとするローマ神話の戦いの女神ミネルヴァである。他にも、詩・医学・知恵・商業・工芸など、さまざまな物の象徴とされる。彼女は「不徳」を追い払おうと蝶やトンボのような羽をもった天使たちを放っている。そのうちいくつかはフクロウの顔を持っている。
空からこの様子を眺めているのは「正義」「勇気」「節制」の3つである。その左側には、人の横顔の形をした雲が浮いている。
ミネルヴァの左側には、木になった女性がいる。木に姿を変えた女性と言えば、アポロの求愛を拒否し、木になった女性ダフネが思い浮かぶ。
ミネルヴァから逃げるようにする女性たちがいる。そのうち、3人の幼児を抱え、1人の子どもの手を引く女性は、下半身がひづめを持ったしま模様の動物になっている。子どもたちも同様である。これは何を象徴しているのだろうか。下半身が山羊の魔人で、性欲の象徴であるサテュロスに少し似ている。ただサテュロスは男性として描かれるので、関係があるのかはわからない。
また、池の中には、黒いサルや、手のない老婆を連れて歩く女性、女性を背に乗せるケンタウロス、猪の皮と幼児を連れた、やはり下半身が獣に変わった女性、冠を被った男性を運ぶ2人の人物が描かれている。
最後の3人は、頭につけた王冠と布に書かれている文字から、「貪欲」と「恩知らず」が「無知」を運んでいく様子であるようだ。
登場人物はすべて何かの象徴であることは間違いないが、その正体は謎に包まれたままである。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー 「Mantegna and Bellini」(~2019年1月27日まで)
住所:Trafalgar Square, London WC2N 5DN
料金:大人14ポンド(平日料金)~
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