大英博物館タントラ展(後)タントラの性的儀式と人骨道具

大英博物館
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大英博物館で開催中の、タントラについて紹介する特別展「Tantra enlightenment to revolution」(~2021年1月24日まで)のレポート後編。

前編では、タントラの成り立ちから広がり、その教えや神々、修行の概要について見てきた。

この記事ではやや趣向を変えて、タントラ修行の中でも大きな特徴として語られることの多い性行為に関する修行について、またこの展示で見られた人骨を用いた儀式道具など、人によってはセンシティブと捉えられる側面について紹介していく。

「タントラとは何か?」を知りたい人は、前編の記事を参照していただきたい。こちらも、貴重な展示品をたっぷり見ることができる。

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タントラでの性儀式

ヒンドゥー教においても、そこから興ったタントラにおいても、性行為のイメージは大変重要な役割を持っていた。宇宙の創造は、神々の性行為の産物だと信じられていたからだ。

また、インドでは古代から、性愛に関する指南書が出るほど、性行為は人々の思想と密接に関わるものであった。

性行為中の男女 1690年 インド © The Trustees of the British Museum

身分の高い男女が性行為をしている様子が描かれている。さまざまな体位を説明するシリーズのうちの1枚だ。

こうした作品は、タントラが興る数世紀前の紀元200年頃に書かれたとされる性愛論書「カーマ・スートラ」の影響を受けて制作された(「カーマ・スートラ」の書かれた年がいつかは諸説あるようだが、今回の展示の解説ではこのように説明されていた)。

「カーマ・スートラ」によれば、性的快楽は上品な芸術であるという。

だがタントラにおける性行為は、快楽を求めるよりも体と感覚をつなぎ、神的な力を入れることを目的とした儀式、修行であった。

また、当時のインドではタブーと考えられていた行為も、タントラでは行われていた。その例を見てみよう。

タントラ寺院の彫像 1000~1100年 インド

左側が、女性がアクロバティックな体勢なのでわかりにくいが、男性が女性の性器に顔をつけてオーラルセックスをしている場面。おそらくyoni pujaというタントラの儀式をしていると思われる。

正統派ヒンドゥー教では、こうした行為は生殖活動と社会の安定を脅かすため罪深い行いとされる。また、女性器から出る体液は汚れたものとされた。

だがタントラでは、この禁じられた力を手に入れ神的なものに変えようとしていた。タントラ文献では、女性はシャクティ(すべてに通じる創造エネルギー)の具現であり、そのパワーには女性器の分泌液を通じて触れられるとされた。この性的な儀式を行っている間、修験者は自分たちのことを主神であるシヴァ神とシャクティになぞらえていた。

チベット密教に伝わった性行為の修行

インドを起源とするタントラが、東アジアの国々に仏教に溶け込みながら広まったことは前編で説明した。

仏教では、タントラを密教(秘密仏教)と呼んでいる。日本で言えば真言宗や天台宗が密教とされるが、これらの宗派では現在性的儀式を行う教えはない(歴史上、一部日本でも性的儀式を行う密教団体がいたこともあるようだ)。

チベットやネパールなどで発展を遂げたタントラ仏教、つまり密教では、性的儀式の重要性が受け継がれた。

チベット密教の教えでは、智慧(prajna)と悲(karuna、同情、同感のこと)の質を高めることが悟りへの道だとされている。

その性質は智慧の女神と悲の男神で表され、多くの場合それは男女の神が性行為をする姿で描かれる。女神と男神の結合は、大変重要な意味を持っていたのだ。

CakrasaṃvaraとVajrayoginiの結合 1700~1800年 チベット

こちらは男女の神が交わっている様子を描いた掛け軸。悟りのためのヨガの技術を視覚化したものでもある。

どちらも恐ろし気な顔をしている。よく見ると口には小さな牙も生えている。神の絶大な力を表す表現であるという。

どちらの神も、人間の間違ったプライドや、怒り、無知などを壊すための武器を手に持っている。

男神の複数ある腕の一つには、人の頭がいくつも捕らえられていた。これらはそうして切り取った無知やプライドなのだろうか。

RaktayamariとVajravetaliの結合 1500~1700年 チベット

金と青い石の組み合わせが美しい彫像。牛の上に人が横たわったさらにその上に2人の神が乗っている。牛の上に横たわるのはヤマという死の神で、閻魔大王の元となった神である。

こうした神々の結合をモチーフとした美術品は、修行者の瞑想に使われたという。

HevajraとNairatmyaの結合 チベットまたはネパール 1600~1700年

8本の腕を持ち5面(?、もっとあるかも)の顔を持っている男神Hevajraと女神Nairatmyaが結合する姿はちょっとカオスだ。

ちょっとわかりにくいが、左の手には地、水、火、空気、月、太陽、死、富の神を入れた頭蓋骨の杯を、右の手には東西南北の守護を表す動物を入れた杯を持っている。

彼らはすべてHevajraの方を向いており、Hevajraが密教修行者が手本にすべき存在であることを暗示している。

人間のタントラ修行者 1700~1900年 ネパール

これは神々ではなく、人間のタントラ修行者をモチーフにしたもの。飾り気も少なく、上の神々の像に比べるとずっとリアルな感じがする。

セクシャルなヨガ修行は、特に進んだ段階に到達した修行者が行うものなのだという。性行為をすることで、女神(智慧)と男神(悲)両方の性質をそれぞれの体内で融合させ、エゴを空にし、自己を神格化するのだ。

短剣 1700~1900年 チベット

男神Vajrakilayaと女神Diptachakraが融合した姿の彫刻装飾が施された、儀式用の短剣。第一印象は「どこを持てばいいんだ……」であった。

2人の下にはナーガという蛇の顔がついている。ナーガは雨と体内の水分を操ると考えられており、この短剣は未だに天候を左右し地を清めるために使われている。

人骨を使った儀式道具

さて、ここからは、もう一つチベット密教において重要なものとされている要素である、遺骸について紹介しよう。

チベット密教の僧の頭蓋骨や体の骨は、死んでからも道具として使われることがあった。特に悟りを開いたラマ(高僧)の体は強い力を持つ、とするタントラ文献もあるようだ。

人間の体の一部を死んでからも残すことで、体は永遠ではないこと、固まった自我という考えを乗り越えることを修行者に教えるものである。

この展示では、そのうちのいくつかを実際に見ることができた。

頭蓋骨の杯 1800~1900年 チベット

タントラの神々がよく持っているものでもある、頭蓋骨の杯。

密教の修行者は、杯を自らの頭蓋骨だとイメージし、自身の中にある毒(障壁)を注ぐ。そしてそれが沸騰する点まで到達し、悟りの蜜に変わるのを想像する。自己把握を行う儀式である。

また、儀式の一環として、清められた酒または茶を入れ飲むのに使われる。修行者を固まった自己から解放する意味合いがあるという。

頭蓋骨の太鼓(ダマル) 1800~1900年 チベット

頭蓋骨の頭頂部を2つ組み合わせて作ったチベット太鼓。右手で持って振ると、紐の先端部分が太鼓を叩いて音を出す。いわゆるでんでん太鼓と同じ仕組みである。

大腿骨のトランペット(カングリング) 1800~1900年 チベット

大腿骨を利用して作ったトランペットのような楽器。上の太鼓と共に、Chödと呼ばれるエゴを切るための儀式で、神と悪霊を修行者の体に呼び込むために使われるという。

骨のエプロン 1800~1900年 チベット

チベットの僧やラマが、大切な式典や公共の祭りで身に着けるとされる骨のエプロン。チベットやヒマラヤの僧院で行われる、仮面を着けて踊る儀式にも使われる。

装飾として、さまざまな神々の姿が彫られている。骨に神の姿を刻み込むとは、なんとも象徴的な行為のように思える。

この踊りでは、タントラ仏教がチベットに入った時の話や、大成就者(悟りに到達した修行者)が悪霊を退治した話などを再現する。負の障壁を取り払い、見ている者に恩恵を与える目的があるという。


ぼんやりとしたイメージしかなかったタントラの世界の一部が、この展示を通して見えてきたような気がした。死んだ人の骨や性行為という、文化によってはタブー視されがちなものを重要視する宗教がある。

タブー視されるか神聖視されるかは文化によって異なるが、どちらにせよ、やはり結局、それらが生の根本とつながっている重大な要素であるからなのだろう。目の前に次々と出てくる展示品を見ながら、そんなことを思った。

タントラの歴史や概要を美術品を通して知りたい人は、ぜひ前編にも目を通していただきたい。

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大英博物館「Tantra enlightenment to revolution」(~2021年1月24日まで)

住所:Great Russell St, Bloomsbury, London WC1B 3DG

料金:£15

その他の大英博物館の展覧会レポについてはこちらから。

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