大英博物館「Troy」展で古代都市トロイをめぐる雄大な物語を追う(冒険編)

大英博物館
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大英博物館で開催中の、伝説の都市トロイにまつわる展示「Troy myth and reality(〜2020年3月8日まで)」レポ後編。トロイ戦争後の物語。

トロイとは何か、まずその前提と「トロイの木馬」伝説で有名なトロイ戦争について知りたい方は前編をどうぞ。

大英博物館「Troy」展で古代都市トロイをめぐる雄大な物語を追う(戦争編)
大英博物館で開催中の、伝説の都市トロイにまつわる展示「Troy myth and reality(〜2020年3月8日まで)」に行ってきた。 ギリシャ神話に登場する古代の巨大都市「トロイ」。ギリシャ兵士が大きな木馬に身を潜めてトロイに...

さて、10年にも及ぶトロイ戦争は終わり、ギリシャはトロイに対して勝利を収めたが、ギリシャの神々はギリシャ軍の残虐な振る舞いに腹を立てていた。そしてギリシャ軍の英雄たちは、ある者は故郷に帰る前に死に、ある者は何年も異国の地を流浪することとなった。

中でも、戦争に勝利するきっかけとなった「トロイの木馬作戦」を考案した英雄オデュッセウスは、故郷に向けて長い長い航海をしなければならず、その旅路では数々の試練が彼に立ちはだかったのだった。

これは、紀元前800〜600年頃に活動した古代ギリシャの詩人ホメロスの著作とされる「オデュッセイア」にまとめられている冒険譚である。彼の活動した時代には、すでにトロイの物語は昔話であったのだ。

この記事では、同展示で見られる作品を紹介しながら、トロイ戦争のその後と彼の旅を追ってみよう。

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オデュッセウスの奇妙な大冒険

オデュッセウスの彫像 75〜125年(1700年代に修復)

オデュッセウスの航海は10年にも及んだという。トロイ戦争と同じ年月、見知らぬ地をさまよったのである。

オデュッセウスの英語名はユリシーズといい、この名前はアイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスの著作名としてよく知られている。小説「ユリシーズ」も、当時のダブリンを舞台にしているが、「オデュッセイア」の物語を土台としている。

漁師を惑わす海の生き物セイレーン

壺 紀元前480〜470年 イタリア

女性の頭部と鳥の体を持つ海の魔物セイレーン。美しい歌声で船乗りを魅了し遭難させるという。

このセイレーンたちが棲むセイレーン島にやってきたオデュッセウスは、この噂を前もって聞いていた。彼は同乗する仲間に蝋で耳に栓をさせ、また自分を船のマストに縛り付けてくれと頼んだ。

この壺の左側にはマストに縛られた彼の姿が描かれている。これで、誘惑に屈することなくセイレーンの声を聴くことができる(そうまでして聴きたかったのか……)。セイレーンのうち一羽は、オデュッセウスを誘い込めなかったショックで海に身を投げている。

このセイレーン、古代は女性の頭と鳥の体を持っていたが、時代が下るにつれ鳥ではなく魚の下半身を持つ人魚の姿へと変化した。

ハーバート・ドレイパー「オデュッセウスとセイレーン」1909年

ここでは、下半身が魚のセイレーンたちが、人間の姿へと変化しながオデュッセウスの船に乗り込んでくる場面が描かれている。ここではその誘惑はより性的なものを帯びている。

耽美で艶やかな女たちの姿と、荒々しい雰囲気の海の男達の姿が対照的だ。

仲間がオデュッセウスをマストに縛り付け、オデュッセウスは誘惑に負けまいと目をそらしている。セイレーンの誘惑は、長い航海の中で起こる内なる欲望との戦いから生み出された伝説なのかもしれない。

1つ眼の怪物サイクロプス

彼らの船は1つ眼巨人族サイクロプスの島にも漂着した。サイクロプスの洞窟にあった飲食物を飲み食いしていると、サイクロプスが現れ、仲間のうち5人を食べてしまった。オデュッセウスは、どうにか洞窟から逃げ出そうと策略を立てる。

壺 紀元前520年 イタリア

彼らはサイクロプスを酒に酔わせ、木の棒でその1つ眼を刺したのだ。目の見えなくなったサイクロプスだが、油断はならない。オデュッセウスたちは洞窟の中で飼われている羊の腹に自分たちの体を縛り付け、サイクロプスが羊を洞窟の外に出す際に脱出した。

だが、ここでオデュッセウスの傲慢さが頭をもたげてしまう。彼は島から逃げる際にサイクロプスを嘲笑してしまい、怒ったサイクロプスは海の神ポセイドンに彼を罰するよう祈った。そのため、オデュッセウスはこの後も何度も災難にあうはめになるのである。

このような英雄や神々の性質の人間らしい愚かさが描写されるところも、ギリシャ神話の特徴といえる。

海峡を守る恐ろしい海獣

船の通り道には、一方の端をカリュブディス、もう一方をスキュラという怪物が守る場所があった。カリュブディスは渦潮を引き起こして船をまるごと沈没させ、スキュラは6つの頭で6人の船乗りを食べてしまう。

オデュッセウスたちは、どちらの端を通るかの選択を迫られることになった。

卓の支柱 120〜140年 イタリア

この彫刻では、スキュラ(右)と、カリュブディスではなく人と馬が合わさったような姿のケンタウロス(左)が対になっている。スキュラは女性の上半身に海竜のような尾、そして蛸の職種を持ち、これらで船乗りに絡みつく。

スキュラの正面の姿。女性である上半身は、乳房があるが男性のように筋肉が粒々としている。

獰猛な犬を数頭引き連れており、6つの頭というのはこの犬たちが6頭いるということらしい。この彫刻では6頭いないけれど……。犬の口には船乗りのものと思われる手足を加えている。

伝説では、オデュッセウスはカリュブディスを避け、スキュラの方を通ることを選んだという。船の沈没よりは、6人の犠牲があっても船が通過できる道を選んだのだ。

こうした幾多の苦難を乗り越えて故郷に戻ったオデュッセウスだが、彼をもう死んだものとして妻に求婚している者たちが自宅にいるのを見つける。旅が長すぎたのだ。オデュッセウスは妻に言い寄る男たちを殺し、また妻と一緒になったという。

トロイ伝説の女性たち

この展示では、トロイ伝説に出てくる女性たちにスポットライトを当てたコーナーもあった。そもそも、トロイ戦争はギリシャの王妃ヘレネーをめぐって起きた、女性が深く関係する争いなのである。

世界一の美女と言われたこのヘレネーは、長年芸術家たちを魅了し、作品のモチーフとなってきた。

アントニオ・カノーヴァ「トロイのヘレネー」1812年

ヘレネーの完璧な美しさを捉えたカノーヴァの彫刻。優美な輪郭に、品格を持った気高い雰囲気をまとう。絹肌を思わせる肌の表現も見事だ。

ジョン・コリア「クリュタイムネストラ」1882年

クリュタイムネストラはギリシャ軍大将の妻。彼女に惚れた大将に前夫と息子を殺され、無理やり再婚させられたのだった。さらに、トロイ戦争の途中に夫に娘を殺され恨みに燃えた彼女は、戦争が終わりトロイから帰還した夫に自らの手で復讐を果たす。

この作品に描かれた堂々たるクリュタイムネストラは、男性性も持ち合わせたような力強さと美しさを持っている。実際に目の前でじっくりと見て、両目に光が当たって輝きを放っていることに気づいた。

実際の写真がこれだ。なんとも強い意思の宿った鋭い眼光。強烈な引力を持つこの目を、こんなギラギラとした眼光を、二次元で再現することができるものなのか、と感動した。

殺意と憤懣に満ち溢れた目。これは夫を殺める前なのか、その直後なのか。

この作品は、普段はギルドホールアートギャラリーで見ることができる。詳しくはこちら。

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トロイは本当にあった? 発掘された遺跡

ギリシャ神話に出てくるこのトロイは、一般的に、古代の創作であり、架空の都市だとされていた。しかし、中にはトロイは本当にあると信じ、実物を見つけようとした人々がいた。

さまざまな発掘調査の上、ついにドイツ人考古学者ハインリヒ・シュリーマンが、19世紀後半にトルコの北西部でトロイの遺跡を発見した。トロイは実際に存在したことが証明されたのである。

トロイの物語は何千年も伝えられたが、実際のトロイの街は、歴史から長いこと葬り去られていたのだった。

トロイ遺跡出土物 第VIII層(紀元前900〜85年)

この地域に最初の集落ができたのは紀元前3000年頃まで遡る。伝説にあるほどの巨大都市ではなく小規模だが、それでも徐々に拡大し、繁栄した街だったという。

写真は、年代ごとに9層に分けられるトロイ遺跡のうち8層目の出土物。スタイリッシュな紋様を持つ皿、繊細な作りの陶器などが見つかっている。この頃はすでに、トロイの人々はギリシャの言葉や文化に順応し、ギリシャ世界の一部となっていた。これらの品物もギリシャ様式であるという。

トロイ戦争が実際に起こった証拠は発見されていないものの、最新の研究によれば、紀元前1400〜1180年の青銅器時代にトロイとギリシャ間で争いが起こった可能性はあるとされ、今後の研究が待たれる。

人々を魅了し続けるトロイの伝説は、私が想像していたよりも泥臭く人間臭かった。愛や喪失、憎しみ、戦争、冒険。

時代に関わらず普遍的に心を揺さぶるテーマだからこそ、多くの人々がこのように絵画や工芸、彫刻として残してきたのだろう。


大英博物館「Troy myth and reality

住所:Great Russell St, Bloomsbury, London WC1B 3DG

入場料:大人20ポンド、16歳未満無料

その他、大英博物館の展示レポはこちらから。

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