ここでは、美術上の耽美主義というものについて、そして私が住んでいるイギリスと耽美主義との関係を説明していく。
「耽美の道はイギリスに通ず」とはよく言ったものだが(言われてない)、耽美に浸りたいならイギリスに来なくては話が始まらない、と思う。
私自身、「なぜイギリスに来たの?」と問われたら、「私の好きな耽美のルーツがあるから」が答えだ。
耽美とは何か
美術史上の「耽美主義」……芸術の目的は、道徳や教訓を伝えるものや利益をもたらすものではなく、単純に美しい存在であることだという思想。美のみに最高の価値をおいている。19世紀にイギリス・フランス中心に起こり、芸術・文学・映画において多くのアーティストに影響を与えた。唯美主義ともいう。
日本での耽美主義は、小説家が特に有名で、谷崎潤一郎、澁澤龍彦、夢野久作、三島由紀夫などが代表かな。
耽美主義の美術作品の定義は曖昧だけれど、装飾性の強いものや幻想的、退廃的なモチーフという要素が入っていることが多い。同じ時代に生まれたデカダンスや象徴主義とも関わっている。
現在では、「耽美」という言葉は、上記の耽美(唯美)主義の他に、少し毒気を含んだ美というものも指して使われていると思う。ただ美しいだけではなくて、陰のあるもの。病弱、破滅、官能、死、影、悪、闇、悲哀、倒錯、耽溺、狂気などなど。
私は本来の意味の耽美主義(=美が最高の価値)でもあるけれど、後者の方も大好き。まあそもそも、美のみに真の価値を置く、っていう時点ですでに倒錯的。美だけを追い求めて生きて、それ以外は全部いらない、って捨てられたらどんなに素敵か。実際、そんな生き方はなかなか難しいからこそ憧れるのだけど。
イギリスの耽美芸術
イギリスは耽美主義の画家を多く輩出している。特に、19世紀末のイギリス美術を語るうえで耽美主義は絶対外せない。ここで、耽美的な作風で知られる主な芸術家たちを紹介したい。
芸術家グループ:ラファエル前派
19世紀にイギリスで生まれた芸術家グループ、ラファエル前派の作品は、耽美的な作風でよく知られている。
『オフィーリア』のミレイやロセッティ、バーン・ジョーンズ、デザイナーのウィリアム・モリスなどが代表的。
装飾性、芸術性が全面に出ており、テーマは神話や伝説をもとにした、美しくも退廃的なものや悲劇が多い。入水自殺する美女オフィーリアなんて、美しいけど暗すぎるモチーフ。
ラファエル前派についての簡単な説明や作品解説、耽美派の作品が見られる美術館については、雑誌『サライ』に寄稿したこちらの記事をご覧ください。
フレデリック・レイトン
上のラファエル前派の影響を受けた一人でもある、フレデリック・レイトンは、貴族の称号を与えられた芸術家。神話などを題材に、美しく、時にエロティックで甘美な作品を制作した。
ロンドンにある彼の豪邸は現在一般公開されていて、レイトンの「耽美」が詰まった空間に浸ることができる。
オーブリー・ビアズリー
ビアズリーは私がイギリスで一番好きな19世紀末の画家。耽美主義の作家、オスカー・ワイルドの作品の挿絵画家として名声を得た人物だ。
美しい線で白と黒を巧みに使い分け、耽美で怪しい世界を描き出す。ビアズリーは主に本や雑誌の挿絵や、ポスターなどで活躍した。25歳でこの世を去った早逝の画家でもある。
テート・ブリテンでは、ビアズリーの大規模個展が2020年に行われた。詳しくはこちら。
また、オスカー・ワイルドの「自然は芸術を模倣する」という思想も、デカダンスと結びついた。詳しくは以下の記事を参照。
おまけ:耽美主義さんにおすすめしたい漫画
美術史から少し離れて、ちょっと漫画方面にも足をのばしてみる。
私が勝手に敬愛する耽美的な漫画を描く2人を紹介。どっちも有名だけど。
楠本まき(漫画家)
ビアズリーに影響を受けたとご自身でも言っていた。線と空白の使い方が本当に綺麗でうまい。
独特の美しい世界観を描いている。
ほぼすべての作品を読んだけど、エッセイ的な作品、「耽美生活百科」はバイブル。
漫画作品では「恋愛譚」と「Kの葬列」が好き。ほの暗さと、ほんのちょっぴりの狂気と、美しさが合わさった本だ。
ロンドンに住んでいらっしゃるようで、「ロンドントレジャーハント」「ロンドンA to Z」などのロンドン紹介本もいくつか描いている。
萩尾望都
耽美好きとか関係なく、この人を知らない人はあまりいないだろう。
全部読んでるわけじゃないけど、やっぱりダントツで好きなのは「ポーの一族」! イギリス貴族のバンパイアの話。昔から我が家にあって、小さい時から何度も繰り返し読んだ漫画。
バラの花がここではキーワードになっていて、バラのリキュールとかスープに憧れたものだった。今でもローズのアロマが好き。
ポーの一族の影響で、「バラと紅茶」ってのが最初にできたイギリスのイメージだった。
最近、40年ぶりの新刊「ポーの一族 ~春の夢~」が出た。バンパイアの妖しく美しい世界はいまだ健在。
こんな風に、好きな作品がなんとなくイギリスとリンクしていることが多かったり、耽美主義の画家たちがたくさん生まれた風土・土壌が見たくてイギリスにきた。
天気も人の性格も、憂いを帯びていることが多いから、静けさとか、悲劇とか、暗さとか、そういったものに美を見出す国民性なんじゃないかと思う。
日本人と少し似ているかな。散る桜の花を綺麗だと感じるような。
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