ビアズリー展@ロンドン(1):耽美にして奇矯な世界―性とジャポニスムとサロメ

テート・ブリテン, ◆ミュージアムの展覧会

ロンドンのテート・ブリテンで始まった、イギリスの画家オーブリー・ビアズリー(1872 〜1898年)の生涯を振り返る個展「AUBREY BEARDSLEY」(〜2020年5月25日まで)へ行ってきた。ビアズリーの展示としては、過去50年で最大のものだそうだ。

私はもともとビアズリーが大好きで、ずっと「ビアズリーの個展をやってくれないかなあ」と思っていたくらい望んでいた展示だったので、オープン初日に見に行ってしまった。

大きな期待を全く裏切らないどころか大幅に超えてくる、素晴らしい展示だった。盛りだくさんの内容だったので、今回は二つの記事にわけてビアズリー作品の見どころを語っていきたい。

この記事では、ビアズリー作品に見られる独特の要素および、代表作「サロメ」シリーズについて紹介する。後編の記事では、細密な線の美しさと空間をうまく利用した画面構成を楽しめるモノクローム作品、珍しい彩色画、そしてビアズリーの生涯を紹介したい。

白と黒の線で織りなす、耽美と幻想の世界

19世紀後半に活躍したビアズリーは、本や雑誌の挿絵や商業ポスターのイラストで活躍した画家だったが、25歳という若さで結核でなくなっている。活動期間は約7年と短いものだったが、彼の作品は現在に至るまで世界中で注目され、多くの芸術家に影響を与えてきた。

「The Mysterious Rose Garden」1895年

その最大の特徴は、ペンとインクで、モノクロームの幻想的かつデカダンス(退廃主義)な世界を描いていることだ。

ビアズリーは自身の作品を「デカダンス」と分類されることを拒否したが、彼の作品群には、自然に反するもの、奇妙なもの、異形なものへの関心や、優美な表現、想像力豊かな世界観などデカダンス的な要素が多く見られる。

また、自由な性やジェンダーフルイド(流動的な性)といった要素も、ビアズリーの作品のそこかしこに登場する。

セクシャルマイノリティの表現

ビアズリーの生きた時代は、今私達がLGBTQ+などのセクシャルマイノリティーと呼ぶ概念が出てきたばかりの頃であった。異性愛者は公に強く糾弾されていた時代である。「ビアズリー自身は異性愛者であったが、彼はセクシャルマイノリティーの表現におけるパイオニアであった」と会場内のキャプションにあった。

「Bathyllus in the Swan Dance」1896年

バテュルスは古代ローマの人気男性ダンサーとして伝わる人物で、1890年代の西洋のデカダンス的な潮流の中でカルト的な人気を得ていたという。

女性らしさとエロティックなパフォーマンスが魅力だったというが、この作品のバテュルスは、アンドロギュヌス(両性具有)的な容姿で描かれている。顔も体も仕草も、男性と女性の特徴を併せ持っているように見える(そして性器は隠されている)。

彼がここで演じている役は、古代ギリシャ神話で最高神ゼウスが白鳥に化けて誘惑した女性レダである。白鳥は今まさに、彼(彼女)に触れようとしている。

アリストファネスの戯曲『女の平和』の挿絵

この作品では、古代ギリシャの都市アテネとスパルタの戦争を止めるために、女達がセックス・ストライキをするというアリストファネスの戯曲「女の平和」の一場面が描かれている。

その計画を率いる女性リューシストラテー(右)が「夫との肉体関係をストライキするように」と演説をしているが、前にいる3人の女性のうち1人は、もう1人の性器に手を伸ばしており、同性愛的な要素を見せている。

「男性を対象にした」性行為のストライキと、それをものともしないように起こる、女性同士の性行為という対比。ここでは、女性同士の関係は、隠すこともなく堂々と前向きに描かれている。当時の感覚としてはかなり斬新であったことに違いない。

センセーショナルなエロティック表現

会場内には「極端に性的な表現を含みます」と注意書きのある小さな部屋があった。そこには、ビアズリー作品の中でも特に性的な要素の強いもの(上記の「バテュルス」と「平和の女」の作品も含む)が展示されていた。

「古代スパルタの使節」1896年

これは「平和の女」の女性たちのセックス・ストライキの続きである。ストライキは成功したようで、スパルタの大使たちが敵国のアテネに和解するべくやってきたところだ。

ストライキに耐えかねた男性の欲望を示す肥大した男性器は、一見冗談のような表現だが、古代ギリシャの劇場では、遠くの観客にも見えるように俳優は作り物の巨大な男性器を身につけていたそうなので、ビアズリーはそれを知識として知っていたのだろう。

これらの作品が入った雑誌や本は、道徳的にあんまりだということで、公に出版はされなかった。そういう嗜好を持った特別な顧客だけが個人的に購入することができた。

当時の社会にとってはセンセーショナルすぎる作品を世に出し続けたビアズリーだったが、カトリックの信仰が最後には勝ったのか、臨終の際に「淫らな作品はすべて処分してほしい」という遺言を出版社向けに残したという。それは叶えられなかった。だからこうして私達はこれらの作品を今見ることができるのだ。

古代ギリシャの壺

ビアズリーは古代ギリシャの文化、芸術を学び、作品もそれに影響を受けていた。

お気に入りだったという、大英博物館所蔵の古代ギリシャの壺も展示されていた。魔人サテュロスたちが何やら奇妙な儀式? を行っている、シュールすぎる光景。現代人の感覚から見るとギャグに近い(当時もそうだったかもしれないけれど)。

「大使の検査」1896年

これも同じ物語からくる作品だ。ユーモアと性的な要素が混じり合ったシリーズである。

スパルタから来た大使を検査(? なぜそんな箇所を?)するアテネの老人。若さと老い、堂々とした態度と縮こまった態度、そして男性器の様子と、2人の差が明瞭に描き分けられている。

この極端に巨大な男性器の表現は、日本の春画の影響を受けたものだ。春画でも、誇張して大きく描かれた男性器はよく登場するのだ。実際、ビアズリーは自宅にも喜多川歌麿の春画を飾り、訪問者を驚かせていたという。

さらに彼は、(春画以外にも)日本美術の影響を大きく受けていた。

日本美術の影響(ジャポニスム)

日本が鎖国を止め海外との貿易を復活して以降、西洋では日本美術の人気が高まっていった。

芸術家たちはこぞって、日本的なモチーフや浮世絵に影響された日本趣味(ジャポニスム)を作品に盛り込んだ。ビアズリーも例外ではなく、日本美術に影響された作品をいくつも制作している。

「La femme incomprise」1892年

日本風の髪型をし、着物を着た女性が、猫を撫でている。浮世絵に影響を受けたモチーフと見られる。また、上下の黒地に白色で植物の描かれた空間は、漆器の柄に影響を受けているように見受けられるという。

抽象的、または何もない白い空間を背景に、繊細な描写の人物像をおく様式を、ビアズリーは日本美術から取り入れたという。彼の作品をスタイリッシュに演出している意図的な余白は、ジャポニスムの影響から生まれたのだ。

また、この縦に長い画面構成も、日本の掛け軸から着想を得ている。

次に紹介するビアズリーの代表作「サロメ」の挿絵では、孔雀の羽模様が数カ所登場する。これもジャポニスムの一部である。

ビアズリーは、当時ロンドンにあった日本趣味を取り入れた邸宅の一室「孔雀の間(The peacock room)」を訪れており、その訪問後から孔雀模様を作品に取り入れるようになったという。

オスカー・ワイルド「サロメ」のイラストレーション

おそらくビアズリーで一番知られている作品群が、作家オスカー・ワイルドの作「サロメ」の挿絵だろう。もちろん、今回の展示の目玉でもあり、サロメシリーズをたっぷりと鑑賞できた。

この「サロメ」は、新約聖書内のサロメ伝説をもとに、同時代に活躍していたイギリスの作家、オスカー・ワイルドが独自の解釈を加えて創作した戯曲である。オリジナルはフランス語で、1894年に英語版出版の際にビアズリーの挿絵が加えられた。今でも世界中で知られる、ワイルドとビアズリーの代表作の一つだ。

このサロメシリーズには、これまで説明してきたような流動的な性、エロティックな要素、ジャポニスムがすべて入っている。過激すぎる、ということで出版社から表現の差し替えを命じられたこともあった。

タイトルが入る扉のページ。植物文様とともに神と天使が描かれている。角を持つ神は両性具有で、乳首とへそに目がある奇怪な姿をしている。これは出版社に規制を受け、以下のように改変された。

見づらいが、神と天使の男性器が消されているのがわかる。あまりに露骨すぎる表現だったのだろう。

「The eyes of Herod」

この戯曲の主人公である、古代イスラエルの王女サロメ(左)は、継父であるヘロデ王(右)からいやらしい視線を向けられていた。「なぜあの人は私をそんな目で見るのだろう」とサロメは思う。

サロメは孔雀の羽の頭飾りをつけている。画面下部には、すらりとした孔雀の姿も見える。白と黒で分割された画面のコントラストが美しい。

一方、王国にやってきたヨカナーン(洗礼者ヨハネ)は、この国にとって不吉な予言を行うために、捉えられて井戸牢に閉じ込められていた。井戸の中から聞こえるヨハネの予言を聞きつけたサロメは、「その男に会ってみたい」と若いシリア人の兵士に頼み込む。

「Peacock’s skirt」

若いシリア人は止めようとするが、この男の自分への好意を知るサロメは、「ヨカナーンを出してくれたらお前によくしてあげる」と誘惑する。

この絵では、派手な髪飾りと孔雀柄のローブを着て男に迫るのがサロメ、右側の躊躇する男性はおそらく若いシリア人とされる。シリア人は線の細い女性的な顔立ちと仕草をしているが、ゴツゴツとした膝は大変男性的で、両性具有的な要素を備えている。

シリア人は誘惑に負け、ヨカナーンを井戸から出す。

「John and Salome」

ヨカナーン(左)と対面するサロメ(右)。胸をさらけ出しているサロメは扇情的だ。白い肌に豪奢な装身具が映える。2人は鏡に写ったように対象的な構図で、衣服の線が下方で交差する。

ヨカナーンに惹かれたサロメは、彼に話しかける。どんなに褒めても罵っても、ヨカナーンはなびかず、「近寄るな」とサロメを牽制する。しかしサロメも、「私はお前に口づけするよ」とずっと食い下がる。

とても素敵な作品だが、この露出した胸がいけなかったのか、ヨカナーンの中性的な雰囲気がいけなかったのか、出版社から差し替えを命じられてしまった。

「The Black Cape」

代わりに差し替えられた絵がこちら。1890年代のドレスを着たサロメだというが、今見ても全く違和感がないほど、ファッショナブルで格好いい。画面をぐるりと流れる思い切ったラインが見事だ。

サロメの可憐で細い指先と、はためく薄いレースの部分など、細部まで見どころが多い作品。

「A platonic lament」

サロメのヨカナーンに対する思いを知った若いシリア人は、悲しみのあまり自殺してしまう。

この絵は、王妃の給仕係である男性がシリア人の遺体を悼む場面を描いたもの。ここにも同性愛的な要素がほのめかされている。

台の下になぜかいるピエロのような生き物や、植物が絡まり合って天に伸びるツリーを形作っている部分には、ビアズリーの感性が光る。

上部には、月に見立てた人間の顔があるが、これはビアズリーが遊び心でワイルドの顔を入れたものと言われている。

「Enter Herodias」

サロメの母で王の妃であるヘロディアスが登場する場面。右側に立つ召使いの男性は、陰部を葉で覆っているが、オリジナルはこの部分も裸で、これも修正が入ったようである。

しかし、男性器のような形をした蝋燭の土台と、左側の奇妙な容姿をした人物の服が勃起しているかのように突き出している点は見過ごされたようだ。また、勃起部分を指差している、サロメの本を持つピエロ風の男は、これまたワイルドの戯画である。

これがオリジナル。右側の男性の葉っぱがなかったのがわかるだろう。ここには校正者によるチェックが入れられ、外側の余白に「削除」のマークが書かれている。

「The toilette of Salome」(First)

サロメが身支度をするところ。この絵もストレートに性的である。(サーカスの出演者のような出で立ちの)召使いに支度を任せながら、股の間に手を差し込み自慰をしているサロメと、左側に座る召使いの男もそのサロメを見ながら自慰をしている。

もちろんこれも差し替えとなった。

細かく描き込まれた調度品と、サロメのローブの線から広がる、曖昧になる空間の差が面白い。

「The toilette of Salome」(Second)

差し替えられた絵がこちら。だいぶ大人しくなった印象を受ける。サロメのたっぷりとしたドレスが大三角形の構図を作っている。

ヘロデ王は、サロメに踊りを所望する。サロメは最初は嫌がるが、王の「踊ってくれたらなんでもお前の好きなものをやる」という条件を聞き、「本当にどんな物でもくださるんですね?」と確認する。

王に約束を誓わせると、サロメは見事な舞を踊った。

満足した王が、「さあ、褒美は何がほしいのかね」と聞くと、サロメは「この銀の皿に、ヨカナーンの首を入れてください」と言う。

王は「それだけはだめだ。あの男を死なせたら災いが起こるかもしれない」とサロメに考えを改めるよう必死に説得しようとする。しかし、サロメは全く引き下がらない。

「The Dancer’s reward」

そして――サロメは、ついに欲しくて欲しくてたまらなかったものを手に入れる。この絵では、ヨカナーンの首を載せた銀の皿が、その首をはねた処刑人の長く伸びた腕によって支えられている。

サロメは夜叉のように、恐ろしく、美しい。

「お前が死んで、その首は私のものになった。私はこの首を思いのままにできる」

「The Climax」

「ヨカナーン、私はお前に口づけするよ」

狂気をはらんだ愛に突き動かされたキスシーンを見事に描き写した、ビアズリーの挿絵。背景には孔雀柄が表れ、ヨカナーンの首から流れる血は、緩やかな一筋の線となって画面の装飾の一部に変化する。ビアズリー作品の中でも珠玉の傑作である。

 

この本の出版は、社会にセンセーションを巻き起こした。それを狙っていたワイルドとビアズリーにとっては、したやったり、という感じであっただろう。

「Oscar Wilde at work」1892年

仕事中のオスカー・ワイルドを描いた風刺画。イギリス人のワイルドが「サロメ」を最初にフランス語で書いたのは、サラ・ベルナールというフランス女優のために作った戯曲だからという説があるが(諸説あるようだ)、ワイルドはフランス語にそこまで長けていなかったようだ。

ここでは、フランス語の文法書などを広げて四苦八苦するワイルドの姿が描かれている。一方、ビアズリーはネイティブに近いほどフランス語が堪能だったといい、英語版を出す時にフランス語から英語への翻訳を申し出た。しかし、ワイルドは自身の恋人に翻訳を依頼した。

出来は散々で、結局、ビアズリーやその他の人々が大幅な手直しをするはめになったという。

ちなみに、ワイルドは同性愛者で(英語への翻訳を頼んだのも男性の恋人である)、英語版サロメを出版した翌年に同性愛の罪で投獄されてしまう。その結果、ワイルドと一緒に仕事をしたビアズリーも、世間の批判に晒されることとなる。

そうした紆余曲折も含むビアズリーの生涯については、次の後編で詳しくお伝えしたい。後編では、神業としか言いようのない超細密作品や、商業ポスター作品、ビアズリーにしてはかなり珍しい彩色画などの作品も数多く紹介する。

ビアズリー展@ロンドン(2):線と空間の妙技を見るモノクローム作品と彩色画(後日公開されます)


テート・ブリテン「AUBREY BEARDSLEY」(〜2020年5月25日まで)※コロナウイルスの影響で少なくとも5月1日まで閉館とのこと

住所:Millbank, Westminster, London SW1P 4RG

料金:大人£16、12〜18歳£5、12歳未満無料