大英博物館の第1室からつながっている2a室には、ロスチャイルド家のコレクション、文字通り「お宝」を展示する部屋がある。2015年にできたばかりの展示室だ。
これでもか! というほど宝石やら金細工だらけの、他の展示室とは雰囲気の違った、目に眩しい部屋だ。
ロスチャイルド男爵のコレクション
ウイーンのロスチャイルド家出身だが、イギリスに帰化したファーディナンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルド男爵(1839~1898年)のコレクションを展示するのがこの部屋だ。
ロスチャイルド家は、神聖ローマ帝国から続くユダヤ人家系の財閥一家である。1760年代、マイアー・ロスチャイルドが銀行業を始め、財閥の基礎を築いた。
ファーディナンドはイギリスの国会議員を務めた政治家でもあった。またルネサンス趣味のコレクターでもあり、バッキンガムのワドスデンという場所にネオルネサンス様式の豪邸「ワドスデン・マナー(Waddesdon Manor)」を建設した。
1896年には大英博物館の管理人に選定され、死ぬまでその役割を果たした。この展示室は彼の豪邸にちなんで「The Waddesdon Bequest 」と呼ばれている。
ここでは、彼の趣味を反映したコレクション約300点が展示されている。
インパクトの強い第1室の奥にひっそりとある部屋だが、とにかくあらゆる贅を尽くした豪華絢爛な品物で満ち溢れているので、今回はその中でも特に秀逸な作品を紹介したい。
第1室についてのレポはこちらから。
超絶技巧の木細工
プレイヤー・ナットとは、中にキリスト教モチーフの浮き彫りを配したゴルフボール大の細密工芸品のこと。閉じた形がくるみに似ていることからnutと呼ばれる。
この作品は上が観音開き、下が蓋をスライドさせる形になっている。蓋の部分にも細かな浮き彫りが施されている。
ゴルフボール大なので、内部の浮き彫りは本当に細かく、目を細めないと見えないくらい。人物像の服のひだ、ひげ、建物のレンガの目までしっかりと彫られている。
どうやって彫ったのだろう、と思わざるを得ない。
どうやって彫ったのだろう、と思わずにいられない作品第2弾。高さ25cmくらいの祭壇を模した彫刻。
少し拡大してみよう。
ライオンが守る台座には、最後の晩餐の場面が彫られている。
ユダは伝統的に、後ろ向きの姿で表されることが多い。有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」では、ユダも他の弟子と同じように座っているが、本来、ユダは他の弟子とはっきり区別して表現されることが多いのだ。
この浮き彫りでは、正面で背を向けて座っているのがユダだ。キリストはおそらくその向かいにいる人物だろう。
ただ、本来キリスト+十二使途で13人いるはずなのだが、ここには12人しか座っていない。いないのは誰なのだろう?
細かすぎて一人一人がよく見えないので同定ができなかった。謎が残る。
祭壇中央はキリストと2人の罪人が十字架に磔になっている場面だ。
兵士の持つ槍や馬の足の卓越した表現は見事だ。よく彫っている途中に折れなかったものだと思う。
死を忘れないようにするための、「メメント・モリ(死を想え)」のコンセプトで作られた棺桶。
長さたったの5.8cmというミニミニサイズだ。中に彫られているのは炎の中に横たわる男の像だ。蓋には悪魔と、人間の魂を救済するキリストが彫られている。天国に行くか地獄に行くか、「最後の審判」を象徴しているようだ。
手前に開いた板の上には、ラテン語で「生きるために死のことを考えよ」というようなことが書いてある。
アキレス健が急所であるギリシャ神話の英雄で、その名の通りアキレス腱の語源となった男性アキレスを、ギリシャ神話の最大の英雄ヘラクレスがねじ伏せるシーンである。
アキレスはすでに失神して白目をむいている。ヘラクレスの筋骨隆々の身体と、アキレスの力の抜けた肢体が対照的だ。
ヘラクレスはライオンの毛皮を被っている。
数々の伝説の1つ、山のライオンを退治し、その毛皮を身に着けるようになったというエピソードから、よくライオンの毛皮をまとって表される。
この彫刻には大理石のコピーがあり、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。
これは木製ではなくて石でできた作品だが、これらの木細工と同じところに展示されていたのでここで紹介。これは直径10㎝というとても小さなメダリオンの中に、目を凝らさないと見えないような細密浮き彫りが施されている。
アンドレーア・アルチャートによる、世界初のエンブレム・ブック(特殊な寓意画入りの本)『エンブレマタ』に出てくる王が悪政を行うシーンを表したもの。
中央に立つ、スポンジを絞る男性が王だ。彼は盗人を取り締まらず富を蓄えさせ、後に処刑してその富を丸ごと得るという方法をとった。ここでは、スポンジを絞るように富を吸い上げる様子を示唆している。
王の前に座る道化は、処刑場となった丘を指差している。
王がまとう衣服の文様がよく見えるように拡大してみる。この細かさはすごい。爪の先にも満たないようなサイズだ。
ジュエリー
1800年頃、ヨーロッパでは歴史上のルネサンスを再発見した。ルネサンスの芸術やデザインを模倣した高品質な作品が多く制作され、ジュエリーデザインも例外ではなかった。
ルネサンス期の王侯貴族のジュエリーは、金やパールや宝石てんこ盛りのギラギラとした外観が特徴だ。贅沢を絵に描いたような貴金属は、多くの貴婦人を惹きつけた。
ここで紹介する3つの作品はfake、いわゆるルネサンス様式を模倣したものである。だがその美しさとクオリティは一度見たら忘れられない強烈な印象を残すだろう。
このシーホースは、金、パールの他13個ものコロンビア産エメラルドを使った豪華な作品。海馬に乗っているのはネイティブアメリカンの女性。
金、エメラルド、ダイアモンドを使ってマーメイドを表したペンダント。
ロスチャイルド家がルネサンス様式を好むので、ロスチャイルド家に渡る前によりルネサンス様式っぽく見えるように改変されたという歴史を持つ。
これはキャプションがなかったので詳細は不明だが、イルカか何か、海の動物をモチーフにしたものだろう。少し調べてみたが、これがどんな動物なのかは同定できなかった。
やはり人が乗っている。棒のようなものと盾(?)を持っているので、戦士なのかもしれない。
この展示室には、オウムガイやココナッツを使って作ったカップ、金に輝く装飾ゴテゴテのブックカバーやカレンダーなど、財閥か王家のコレクションでなければおよそお目にかかれないような品々がまだまだある。
それらは後編の記事で紹介するので、ぜひ楽しんでいってもらいたい。
コメント