1877年にロンドンで誕生した「孔雀の間(The Peacock Room)」という部屋がある。当時ヨーロッパで流行していたジャポニスム(日本趣味)と、西洋的な空間を組み合わせた、豪華絢爛かつ大変エキゾチックな「作品」である。
現在はアメリカにあるこの作品は、これまで多くの芸術家たちに愛でられ、インスピレーションの源となってきた。
現在、ロンドンのV&A博物館でこの「孔雀の間」のオマージュ作品を展示した「Filthy Lucre: Whistler’s Peacock Room Reimagined」(〜2020年5月3日まで)が開催されているので行ってきた。このオマージュとオリジナル、両方について紹介したい。
オリジナルはアメリカ人画家ホイッスラーの作品
19世紀のロンドンで活躍した、アメリカ人画家のジェームズ・マクニール・ホイッスラーの傑作と言われるこの「孔雀の間」は、もともとはロンドン西部のケンジントンという場所にある邸宅のダイニングルームとして作られた。
後にアメリカ人に購入されて、現在はワシントンDCのフリーア美術館に展示されているため、イギリスでは見ることはできない。この展示では、オリジナルの孔雀の間は、映像や写真のみで見ることができた。
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この邸宅はロンドンの実業家兼またアートコレクターのもので、この部屋には彼が集めた中国、清時代の染付を中心に陶磁器のコレクションがずらりと並べられている。
暖炉の上には、ホイッスラーの絵画作品「陶磁の国の姫君」がかけられている。日本の着物を着た西洋人女性が、屏風や陶磁器など東洋的な調度品に囲まれている。
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壁には、東洋のエキゾチックさを表す代表的なモチーフであった孔雀が多数描かれる。ゴールドとグリーンのコントラストが映える、なんともゴージャスで印象深い部屋である。
ホイッスラーは、邸宅の主からダイニングルームの色を変えるように依頼され、行うのは2人の間で最初に了承された「少しの変更」だけのはずだった。だが、彼は家主のいない間にそのアイデアを大幅に改変してしまった。鮮やかな青、緑、金色を導入し、壁には孔雀まで付け足してしまったのだ。
これを見た依頼主は「話が違う」と激怒、謝礼は全額払わないと言い出し、依頼主とホイッスラーの間では、タブロイド紙にも載るほど激しいいさかいが起こったという。
そしてホイッスラーは、この争う自分たちを元にして2羽の孔雀が闘う絵を壁に描き、「Art and Money; or the Story of the Room(芸術と金、またはこの部屋の物語)」と名付けた。
この金色の孔雀たちは、いつか生で見てみたい。この「孔雀の間」は、まだロンドンにあった時にイギリスの画家ビアズリーも訪れ、孔雀柄を作品に取り入れるインスピレーションの元になったという。
ジャポニスム(日本趣味)とは
日本の鎖国が終わって開国したのが1854年。日本と西洋との貿易が再開し、再び日本の美術品が欧州に渡るようになった。そして1860年代から、日本美術や文化に熱狂的な憧れを抱く「ジャポニスム」の動きが欧州に出てきたのだった。
着物や扇子、陶磁器、漆や螺鈿といった東洋の技術と感性を持つ物品のほか、日本画の色彩感覚、平面的な構図やシンプルさなど、西洋美術にはない要素が彼らを惹きつけたのだ。
特にフランスやイギリスでは、コレクターがこぞって日本からの美術品を収集し、それに影響を受けた作品を多くの芸術家が制作した。ゴッホが日本の浮世絵の影響を受けていたという話も有名だろう。
イギリスでは、1862年のロンドン万国博覧会で日本の調度品への関心が高まったと言われる。また、前述のホイッスラーも、パリで多くの日本美術を収集しイギリスに紹介したとされる人物の一人だ。
アメリカの現代アーティスト、ダレン・ウォーターストンによる新解釈
今回V&A博物館で展示されているのは、アメリカの現代アーティストであるダレン・ウォーターストンが、この「孔雀の間」を新解釈したインスタレーション作品。
一歩足を踏み入れると、金と緑で彩色された、なんとも美しい孔雀の壁画が目に入る。「なんて耽美な空間なんだろう」と思ったのも一瞬で、すぐに違和感が襲う。
違う。ここでは、すべてのものが歪んで、壊れている。
陶磁器のコレクションは割れ、砕けている。まるで地震が起きた後のよう。
「姫君」は顔が黒く塗りつぶされている。幽霊画のようで不気味ささえある。
壁の孔雀たちは、体が千切れ、体液や内臓を撒き散らしながら必死に綺麗な尾羽を広げる。ここでは、何もかもが、オリジナルよりもデカダンス(退廃的)な方向へと向かっている。
この異様なものたちに囲まれていると、自分がどこにいるのかわからなくなりそうだ。
※上記画像はすべて©Photo by Amber Gray / @mz_amber_gray
そして、ホイッスラーとパトロンの争いを表す孔雀たちの争いは、より醜いものとなっていた。お互いの腸を引きずり出し、羽を飛び散らせながら、相手を負かそうとしている。壁を伝い、床へ流れ出る金色の液体はまるで彼らの血のようだ。
繊細に描かれた、複雑なパターンの尾羽の美しさが皮肉に映る。
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このひと部屋だけなので、鑑賞時間はそんなにかからないが、この空間に立っていると圧倒されてしまう人は多いのではないかと思う。
退廃的な芸術が好きな人には、とってもおすすめ。
V&A博物館「Filthy Lucre: Whistler’s Peacock Room Reimagined」(〜2020年5月3日まで)
住所:Cromwell Rd, Knightsbridge, London SW7 2RL
料金:入場無料
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