西洋絵画に「狩猟画」というジャンルがあるのをご存知だろうか?
ここでは、動物をメインに描く「狩猟画」の魅力を紹介していきたいと思う。
狩猟画とは
狩猟画とは、文字通り、狩猟の場面をモチーフとした絵画のこと。英語では「hunting paintings」と呼ばれる。17世紀のオランダで特に盛り上がったジャンルである。
狩猟の場面と言っても、実際に狩猟真っ最中の場面と、とらえた獲物を並べた様子を描いたものがあり、「静物画」の一部でもある。
また、静物画の中でも皿や食材のある台所の様子を描いた「台所画」というジャンルがあるが、ここにも狩ってきた獲物が登場することがあるので、狩猟画の一種であるとも言えよう。
イメージとしてはこんな感じ。
ウォレスコレクション所蔵品に見る狩猟画の魅力
ジャンル分けはともかく、実際の絵を見ないことには始まらない。今回は、ロンドンの美術館「ウォレス・コレクション」の所蔵品を例にして見てみよう。以下に紹介するのは、ほとんどがオランダの画家たちの作品である。
ヤン・ウェーニックス(Jan Weenix)は、オランダ狩猟画の巨匠である。ウォレス・コレクションは、ウェーニックスの最大の狩猟画コレクションを有している。
彼の作品の特徴は、外の遠景をバックに、クラシックな骨壺や彫刻と一緒に動物や静物が描かれるという点である。タイトルのdead gameとは「死んだ獲物」の意。gameは狩りの獲物を意味する単語でもあるのだ。
狩猟画の見どころ
この絵は、当時のヨーロッパでは食肉用として知られていた孔雀、そして狩られたアヒルやキジなどの種々の鳥、鹿などの狩りの獲物、その見張りをするスプリンガー・スパニエルが描かれている。画面左下では小さな猿が果物を盗もうとしている。
後景には、さらなる獲物を入れた籠を持ってこちらに向かってくる猟師の姿が見える。
狩猟画で一番目につくのは、やはり動物や果物、その他の静物の質感の描き分けだろう。まだ体温が残っていそうな獲物の身体、羽毛と鹿の毛の表現、孔雀の輝くような尾羽、犬のふわふわとした巻き毛。そしてそれらとは対照的な、彫像の冷たい質感の石や、みずみずしい果物の表現も見事である。
いかに写実的にあらゆる「物」を描き分けるか、そしていかに魅力的な空間にそれを配置できるか。画家の技量とセンスの見せどころである。
絵画に何を見るかは人それぞれだが、私は狩猟画を見る時、動物の羽毛や毛皮の柔らかさ、ひづめやクチバシなどの固い質感、ごつごつとした金属、みずみずしい植物や果物、どっしりとした石の重厚感などの表現の違いをしみじみと楽しんでいる。
うさぎを正面に大きく配置した構図。死後硬直してピーンと張った脚がよく表現されている。重力に逆らわずに横たわる体躯のずっしりとした重みも感じられる。
うさぎの下に敷かれている鞄のビロードの質感にも注目したい。
だらりと枯れたポピーが垂れる、石造りの壺のようなものは骨壺だ。至る所に「死」の要素が散りばめられている。
孔雀と花のカラフルな組み合わせで、写実的ながらとても装飾的で華やかな作品。生で見ると圧倒されること間違いなしだ。
孔雀の羽一枚、ブドウの実1つとっても細部まで妥協することなく描き込まれており、その緻密さには驚かされる。蔓が巻き付いた彫刻もミステリアスで、何かを暗示しているように見える。
ここにもおどけたような表情の小さい猿が登場している。ウェーニックスの作品にはちょくちょくこの猿が出てくる。彼が猿好きだったのか、または当時こういう小さい猿が流行ったのか。
これのみ、ウォレス・コレクションではなく、ウィーン美術アカデミー所蔵のもの。私はまだ実物を見たことがないのだが……珍しい白孔雀を題材にした作品なので紹介したい。
シミ1つない白銀の美しい羽毛は、画像でもすでにハッとするほど美しい。実際の狩りでは、獲物には土や汚れがつくのが普通だろうから、この綺麗な汚れのない動物たちは、画家の「演出」である。
あえて孔雀の一番の装飾的特徴である尾羽を強調せずに、横たわっているところを描いているのは面白い。高貴な生き物が、もう命なくだらりと垂れ下がって体をさらけ出している。ある種のエロスというか、背徳性までも感じられるのだ。
18世紀の静物画で最も素晴らしい作品の1つとされる、狩られた狼を描いた狩猟画。初期のロココ様式を持つ作品である。
パステル調の色彩を用いて柔らかい筆遣いで描かれており、これは当時フランスの画家の間で人気を博した同時代のヴェネツィア絵画の影響と見られる。
作品内では、テーブルにかけられた猟銃が中央で画面を分断している。右側は遠景に続いていく広がりのある空間を、左側は建築物で囲まれた手前の空間のみを見せる。左右どちらにも、果物や野菜、グラスを乗せたテーブルが弧を描いて広がり、右端には狩りの成果物である狼が、左端にはその狼を狩ったであろう猟犬たちがやはり弧を描くように配置され、比較的左右対称に近いパターンが見られる構図である。
この曲線を利用したパターン的な構図は、当時新しく生まれたロココ様式の典型だ。この前に興ったバロック様式が強い明暗と劇的な構図や動きを特徴とするのに比べ、ロココは柔らかく優美で繊細な装飾性を特徴とする。
オランダ商人一家の肖像画であるこの作品は、狩猟画の要素も含んでいる。足元には猟犬が2匹寄り添い、妻は狩りの成果であるうさぎを両手で持ち上げている。
この自慢げともいえる表情のわけは、自分らが狩りをできる身分にあるという自信の表れかもしれない。当時、貴族又は裕福な中流階級しか狩りを行う権利を持っていなかった。ごく一部の者にしかできない活動だったのである。
バルトロメウス・ファン・デル・ヘルストは肖像画家としてよく知られていた。犬と果物の部分は、静物画で有名だった画家、ヤン=バティスト・ウェーニックスによるものである。西洋では、静物画が得意な画家が静物を、人物画が得意な画家が人物を描くという描き分けによる共同制作もしばしば行われた。
スナイデルスは現在のオランダ南部、ベルギー西部、フランス北部にかけての地域であったフランドルの画家で、動物画、静物画で知られた。
この作品は台所の光景で、さまざまな鳥類、獣の他、ロブスターも皿に乗せられ置かれている。スナイデルスはフランドルのバロック絵画の巨匠ルーベンスに雇われていたことがあり、右上の皿に乗った猪の頭は、ルーベンスとスナイデルスの共作「老婆に正体を見破られるフィロポエメン(下図)」の影響である。
ルーベンスの影響を受けたこともあり、スナイデルスはバロック絵画の要素を静物画にも取り込んだ。バロック絵画の特徴であるはっきりとした明暗法、カラフルな色彩などがここに表れている。
またバロック絵画は芝居のように演出的で動的な要素も持っている。スナイデルスのこの作品は、モチーフの選び方や青年の視線、姿勢などはかなり演出性があり、何かのストーリーがあるように感じられる。静物画なので動きはあまり見られないものの、影響を受けているルーベンスとの合作「老婆に正体を見破られるフィロポエメン」は、静物がメインでありながら、かなり動きのある作品だと言えるだろう。
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狩猟画は多くの美術館で見ることができる。ここに挙げたもの以外でも、ウォレス・コレクションでは数多くの狩猟画を展示しているので、ぜひ足を運んでほしい。また、ロンドン・ナショナル・ギャラリーなどその他のイギリスの有名な美術館にも展示されている。
狩猟画を見る機会があったら、画家たちの巧みな表現をぜひ味わってもらいたい。
狩猟画以外のウォレス・コレクションの名画はこちらから。
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