大英博物館開催の特別展「Peru: a journey in time(~2022年2月20日まで)」に行ってきた。現在のペルー周辺の地域の、古代から現代までの文化(有名なのはインカやナスカなど)を見せる展示で、その地独自の価値観を知ることができる。
展示を見ていてまず強く感じたのが、「古代ペルーのアートは可愛い!!」であった。工芸品でも装飾でも、ゆるキャラやマスコットのような動物や人が紀元前から多く登場するのだ。西洋や東アジアとも異なる、とても個性的な感性と言える。まさか古代ペルーの展示でこんなに可愛さにキュンキュンするとは思わなかった。
この記事では、そんな可愛いアートも含め、この展示で見ることができた、古代ペルー人の世界観を反映した不思議で興味深い工芸品を紹介したい。
自然界と超自然界はつながっているという価値観
南米には、1万5000年前に人間が移住したとされ、時代と共にチャビンやナスカ、モチェ、インカなどの文化が栄えてきた。有名な古代遺跡としては、インカのマチュピチュやナスカの地上絵などがよく挙げられる。
この展示で主に取り上げられていた、代表的な古代ペルーの文化(アンデス文明)は以下である。
- チャビン…紀元前1500~200年頃(調べたところ、始まったのは紀元前1200年、900年頃と諸説見受けられた。会場内の説明では紀元前1500年と記載されていたのでそれに倣う)。
- モチェ…紀元前後~紀元700年頃。
- ナスカ…ナスカの地上絵で知られる文化。紀元前後~紀元800年頃。
- インカ…マチュピチュ遺跡で有名な帝国。1438~1533年。
アンデス地方の人々にとって、自然はそれ自体が生き物であり、自然界と超自然界は密接に関わっていた。神々は、身の回りにある植物や動物に姿を変えて現れると考えられていたようで、動物を象った彫刻や装飾が多く見つかっている。
古代アンデスの人々は文字を持たず、情報を伝達する際にはシンボルを用いた。
儀式用の皿や容器にはよく動植物が描かれたが、これはアンデス社会におけるコミュニケーションの媒体としての役割も果たしていたという。くりくりとした目は、マスコット的な可愛さがある。
ここからは、文化的に興味深い陶器や装飾をどんどん紹介していく。なんだかどれも造形が妙に可愛かった。特別に可愛いものを頑張ってピックアップしたのではなく、展示を見ていくにつれ、そうした品物がどんどん目の前に出てくる感じであった。古代アンデス文化の感性は、現代人(というか私?)のセンスに刺さるのかも……などと考えながら見ていた記憶がある。
世界中で最も高い山があり、また最も高所に人が居住する地域であるアンデスでは、山は大変重要な存在で、山頂はアプ(山の神々)の住まう聖なる場所だ。この容器は高い山の形を表しており、上部の波形は水峡を流れる水を表す。
オジロジカはアンデスに伝わる神話において、鹿と人間が混ざった姿に変身できる特別な存在だとされた。一部の地域では、鹿の血と胃石を手に入れるため、儀式として鹿狩りを行った。血と胃石は魔力と癒しの力を持つとされ、現在でも伝統的な治療に使われているという(現代でも、というのには驚きだ)。
とうもろこしは約6000年前にアンデスで初めて栽培が始まり、それ以降アンデスの人々の食事を支えてきた重要な植物である。食べるだけでなくとうもろこしから酒も作られ、これは今でも祭りで飲まれる重要な飲料である。
そんな植物の造形が古代の発掘品に多く見つかるのも当然と言えよう。神様がしっかりと両手で実を抱く様子が可愛い。
この蛇は、頭がヒョウや猫にも見えるような、面白い姿をしている。体は太く短くて、ツチノコのようだ。
蛇は地下を象徴する生き物であり、冥界を行き来できる能力があると考えられていた。その力により、先祖と交信し、過去、現在、未来をつなげることができるとされていた。
古代アンデスの人々にとっての時間の概念は現代の我々が考えるものと違い、「過去と現在、未来は直接つながっており、同時に存在するもの」であったという。
蛇の奥にいるネコ科の動物。耳が大きいのと顔がコミカルなのも相まって、なんだかポケモン的な雰囲気がある。ネコ科の動物は地上と力を象徴するものとしてよく表された。
またこの他に、鳥も空と夜、戦争の象徴とされていた。
これも動物と人が組み合わさった姿をしている。海の生き物は、豊富な海の資源を象徴するものだ。黒とオレンジをベースとした色がとてもオシャレなのと、丸い目が愛らしい。
美しい布だ、と思って近づいたらなんと鳥の羽毛でできていたチュニック。アマゾンに住む色鮮やかな鳥の羽を使った、身分の高い人が着ていたものだという。
これを織るのにどれだけの労力と羽毛が費やされたのだろう。前述したように、鳥は天や夜を表すと共に戦争の象徴でもあったから、戦いに勝つ意味なども込められていたりするのだろうか。
紀元前のチャビン文化
現在のペルー北部にあたる地域で紀元前に栄えたチャビン文化はアンデス文明の始まりともされる。
体を通常とは異なる形に変えられる能力を持つ人は、アンデス社会では特別な地位を与えられた。この彫像は、マルファン症候群など間接が柔軟に曲がるような病気にかかった人物だったのではないかと推測されている。
ずいぶんとデフォルメされた可愛げのある像。紀元前1500年頃から、年間行事である儀式を表すための彫像が作られ始めたという。奥の彫像には穴が開いているが、この像自体が楽器のオカリナとして使われていた。
儀式用の乳棒と乳鉢。おそらく幻覚作用のある植物をすりつぶすのに使っていたのではないかとされる。空、地上、地下を表す鳥(どこの箇所かわからなかった)、ネコ科の動物(乳鉢?)、蛇(乳棒の顔?)がモチーフとなっている。乳鉢がまるっとしていてちょっと豚のようにも見える。
アンデス人の死生観
見た瞬間、何これ可愛い~!! と目がくぎ付けになってしまった展示物。説明を読むと、当時は墓に入れる前に多数の布で遺体を包んでいたらしいが、その布のうちの1枚であるという。
さまざまな衣装を着た人間のような像が74体刺繍されている。彼らが身につけている装飾品は神々がよく身に着けているもので、先祖が神になるというアンデス人の信条を表しているという。
マスコットがずらりと並んだような感じで、なんとも言えない可愛さ。実はそれぞれ切り取られた人間の頭を手に持っているというなんとも恐ろしい場面のはずなのに、デフォルメされてカラフルに表現されているために可愛くなっている。
思わずショップでこの柄のトートバッグまで買ってしまった。
かなりシュールな柄の容器。頭部に開けられた穴から植物のようなものが飛び出しているが、植物は生と死が相互に影響することを表すモチーフとして使われていた。
この頭部では、目と口が針で縫われて閉じられている様子が描かれており、儀式の生贄になった人物を表している。自然の命のサイクルのバランスを維持するために個人の命を捧げる儀式であったという。
砂漠化が進み水がますます貴重になったナスカ時代の終わりごろ、女性像がよくモチーフとして使われたという。そのため、女性は肥沃や多産の象徴ではあったのではないかと解釈されている。上の性行為をしている男女の像はまさにそれを表しているように見える。
北方ペルーのモチェ文化
モチェ文化とは、紀元前後~700年にペルー北側に興った文化で、当時の文化を伝える芸術品を多く生み出した。
おそらく今回の展示で一番写実的だった作品。可愛い表現ばかりの中にいきなりこれが出てきたことにより「し…渋い!」となったが、実際、当時の人々はこのような顔をしていたのだろう。この人物は、装飾品や服装から、政治か軍事、または宗教で重要な地位を占める人物であったのだろうと予想されている。
コカインを使った儀式
コカインを成分に含むコカの葉は、中央アンデスでは多くの儀式に使われていた。
この人間像は石灰を入れる容器を持っているが、石灰はコカの葉と一緒に噛むことでコカの葉の効果をより発揮するのに役立ったのだという。
実物の石灰用容器。ひょうたんと革、木で作られている。
人間を生贄とする儀式
モチェの人々は領土拡大のために他地域と戦争をしたりはしなかったが、彼らの儀式には仲間を犠牲とするものがあった。
こうした囚人を象った像は、儀式の生贄を表しているとされる。儀式の戦闘に負けた戦士たちは服を脱がされ紐で首を縛られて、儀式の間に連れていかれる。そこで神官に生贄のために殺されるのだ。
悪魔の魚を象った船の尾の部分に、囚人が縄で縛られている。中央に乗っているのは生贄を島まで連れていく神である。
モチェ人は、血を神々に捧げることで、生と死の世界が維持され、人間と自然のバランスが保たれると信じれ板。
インカ文明と文字の代わりとなった紐「キープ」
古代アンデスの人々は文字を持たなかったと先述したが、シンボル以外にも、文字の代わりに使われていた道具があった。
それが、この縄の結び目を組み合わせた「キープ」である。ワリ文化に発明され、インカでさらに発展した。綿とラマ/アルパカの毛からできている。
インカ帝国は最盛期には1600万人もの人口がいたという大国であった。そんな帝国を管理するためには、文字がないならばなおさらさまざまなものを管理するシステムが必要である。それがこのキープであったと考えられている。
コミュニティ内の人の数、収穫した食べ物の数などの情報をこれで管理していたとされるが、実際どのように使われていたかは詳しくはわかっていない。後にペルーに植民地化したスペイン人の記録によると、キープは歌や詩、歴史を表すのにも使っていたという記述があるという。
展示室内ではキープよりもずっと前に出てきたインカ時代の脚の彫像。関係があるのでここで紹介しておく。高度な訓練を受け飛脚の役割を果たしていたチャスキという人々は、インカ帝国の作った流通網をリレー式で走り、キープや食べ物、贈り物を運び届けた。
キート(現在のエクアドルの首都)からクスコまで、約3000km先の目的地までたった5日(!)で品物を運び終えることすらできていたという。試しにグーグルマップで調べてみたらその距離2853㎞で、徒歩で24日半、車で50時間かかるという。チャスキおそるべし。
インカと言えばマチュピチュだが、意外にもそこまで大きく取り上げられておらず、簡潔な説明と遺跡の中を撮った動画が流れているのみだった。だが、この動画を観て(今までテレビなどで何度も見ているのに)猛烈にマチュピチュに行きたくなった。
これまで見てきたアンデス芸術とは異なり、インカでは抽象的なデザインが主流であったという。このラマのミニチュア像(手のひらサイズ)はその中で珍しく具象的だが、やはり可愛さのセンスは連綿と受け継がれているのだなと思った。我が家にも1個欲しい。
そんなインカ帝国は、1533年のスペイン人の征服によって滅びた。植民地時代にスペイン人によって作られたこのような写本には、インカの歴史や伝統が詳細に描かれた。こうした挿絵には、当時の人々の服装や儀式の様子を知ることができる貴重な記録だ。
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以上のような、歴史の中で培われてきたアンデス人の価値観や文化の根幹は、現代のペルーにも受け継がれているという。
あまり知らない文化なのでまっさらな気持ちで見に行ったが、世界観や自然との関わり、伝統儀式などは独特で興味深い。そして予想外にポップで可愛いデザインがたくさん見られたのは嬉しい驚きだった。
大英博物館「Peru: a journey in time(~2022年2月20日まで)」
住所:Great Russell St, London WC1B 3DG
料金:大人15ポンド、16~18歳13ポンド、15歳以下無料
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